神 サムエルを呼ばれる(2008 小磯良平 ⑪)

2008.11.26、湘南とつかYMCA “やさしく学ぶ聖書の集い”
「洋画家 小磯良平の聖書のさし絵から聖書を学ぶ」⑪

(明治学院教会牧師、健作さん74歳、『聖書の風景 − 小磯良平の聖書挿絵』出版10年前)

サムエル記上 3:1-4:1

 お話の表題は小磯さんが最初に挿絵を描いた「口語聖書」に基づいて選んであるが、口語本文では「主」と表記されている。絵のタイトル表記はおそらく聖書協会側で付けたものであろう。何故ここだけ「神」と訳したかは不明。「新共同訳聖書」では「サムエルへの主の呼びかけ」となっている。「主」は神の名。神聖四文字YHWH(旧約聖書に6500回以上)である。「ヤーウェ、ヤハウェ」(文語聖書はエホバ)と表記される。「存在するもの」「現存するもの」という意味をもつ。

 さて、物語の場面は、サムエルの少年時代の挿話である。彼は母親ハンナの「子を授かりたい」という熱心な祈りによって与えられた子である。彼女の祈りの誓願により、乳離れの誕生後3年を経て「わたしは、この子を主にゆだねます」(1:28)とシロの神殿祭司エリの元に行き、サムエルを祭司となるべき修行にゆだねた。

 或る夜のことである。

 エリは自分の部屋で床についていた。サムエルは「主の神殿」で「寝ていた」。おそらく「神の箱」の警備をしていたのであろう。主はサムエルを呼ばわれた。彼はエリが呼んだのだと思い、エリのところに出かける。「わたしは呼んでいない。戻っておやすみ」という。3度同じことが繰り返され、さすが老齢のエリも事態に気づき、「主が呼ばれたのだ。『主よ、お話しください。僕(しもべ)は聞いております』」と答えるように指示する。

(サイト追記:Joshua Reynolds on Google Arts)
(サイト追記:『聖書の風景』p.61 「サムエルについて、私には思い出がある。私は第二次世界大戦下の荒んだ時代に幼少期を過ごしたが、私の家には英国の画家ジョシュア・レイノルズ(1723-1792)の《幼児サムエル》の複製画の額が飾ってあり、それを眺めて育ったのである。サムエルというと、まずこの絵のことが思い出される」)


 小磯さんの絵は3度目にエリが気づいて指示をする場面を絵にしているのであろう。エリは寝台の上で右手を上げている。ここでは神の語りかけが天使に具象化されているが、もはや天使はエリには近づいていない。まだ、神の語りかけを直接受けたことのない少年サムエルの真剣な実直さと、祭司職制度が硬直し腐敗を来たしているにも関わらず「非常に年老いて」(2:22)自らの二人の子供の祭司職を逆用した悪事を耳にしながら、諫めきれない非力で鈍い祭司との対称の深層を暗示するような場面である。
 どんな悪事であったのか。それはこの物語の2章12節から26節につぶさに物語られている。

 挿絵が聖書本文を読む促しであるとすれば、この絵はサムエル記上を読み始めるのに大きな手がかりになるであろう。先に「ギデオン三百人を選ぶ」の絵から士師記を学んだ時、ヨシュア記、士師記、サムエル記(上、下)、列王記は一貫した歴史叙述であると述べた。「ヘブル語正典」ではこれらの書物群を「前の預言者」と名付けて一まとまりの扱いをしている。旧約聖書の最初の5つの書物(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)「モーセ五書」は天地創造から族長物語、エジプト脱出、律法授与、荒野放浪について語っているが、「前の預言者」はイスラエル民族のカナン侵入、士師時代から王国時代間での歴史を描いている。サムエル記は列王記と共に、イスラエルの「王国時代史」である。「上、下」の区分はずーっと後16世紀くらいからだと言われている。

 古代における王政導入は、この民族がそれまでに経験したあらゆる事態の中で、最も激しい社会の変革を伴うものであった。サムエル記は年代で言うと前1050年から1000年頃までの短期間に彼らが出会った王国の成立という出来事を、後の「申命記的歴史観」に立つ人たちがまとめたものだということは前のレジュメで触れた。彼らは、バビロニアによる国家の崩壊に至った悲劇の原因を解明する作業のなかで、申命記を歴史観の前提にして歴史を扱った。最終成立はペルシア時代(前6-4世紀後半)にまで及ぶといわれる。

 サムエル記を読んでいて気がつかされるのは、王政の導入に際し、王の権力化や兵役や徴税を巡って、賛成の資料とそれに反対の資料とが併記してあって、読者の思考や判断にゆだねるような編集をしていることである。歴史記述への慎重さがみられる。小磯さんの挿絵は次は「カルメル山上のエリヤ」となって列王記に入る。そこに至る前に、サムエル記をぜひ読んでいただくと、この挿絵の意味は大きいものと言えると思う。

 大まかな内容区分を紹介する。
① サムエルと対ペリシテ戦争(サムエル記上 1-7章)
 サムエルの不思議な誕生、成長して預言者となり、霊的指導者となるまで。ペリシテ人の軍事的脅威が記され、イスラエルの王制必然への雰囲気が語られる。
② 王国の成立(サムエル記上 8-12章)
 民族は王制導入を要求。サムエルはサウルを王に選ぶ。
③ サムエルとサウル(サムエル記上 13-15章)
 王サウルは息子ヨナタンと軍を率いてペリシテと戦う。宗教的権威であるサムエルと世俗の王としてのサウルはしばしば衝突する。
④ ダビデ台頭物語(サムエル記上 16-31章)
 ベツレヘム出身のダビデは武将として数々の武勲を立てる。サウルの妬みを買い、王サウルに命を狙われ、追われる身となる。ダビデはペリシテの地に亡命し、サウルはペリシテとの決戦で戦死する。
⑤ ダビデ王国の確立(サムエル記下 1-8章)
 ダビデはユダ族の王となり、サウルの子イシュ・ボシュトとの間で内戦となるが、イシュ・ボシュトが暗殺され、ダビデはイスラエル王を兼務、やがて統一王国が成立する。
⑥ ダビデの宮廷史(サムエル記下 9-20章)
 ダビデの犯したバト・シェバとの姦淫が尾を引いて、宮廷内の兄弟殺し、クーデターなど悲惨な事件が起こり、ダビデ王位は同様する。
⑦ ダビデに関する個別的な伝承(サムエル記下 21-24章)
 歌、名簿、物語など。

 実に多くの俗事に生きる人間ドラマが語られているが、その出来事の深層に神の働きを洞察するようにとの促しがある。


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洋画家・小磯良平の聖書のさし絵から聖書を学ぶ

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カルメル山上のエリヤ(2008 小磯良平 ⑫)

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