カルメル山上のエリヤ(2008 小磯-12)

カルメル山上のエリヤ

2008.12.10

「現代社会に生きる聖書の言葉」
湘南とつかYMCA ”やさしく学ぶ聖書の集い”

第12回「洋画家 小磯良平の聖書のさし絵から聖書を学ぶ」
列王記上 18:20-40


 前回の挿絵はサムエル記上3章、サムエルの幼少時代の話であった。紀元前1050年頃である。それからイスラエルの王制は成立し、ダビデ王、ソロモン王と王朝は続いた。宮廷史を中心とした起伏に富んだ物語がサムエル記上下を彩っている。

 その後反乱を起こし北王国イスラエル初代の王となったヤロブアムの時、王国は分裂(紀元前922年)、南王国ユダはレハブアムが王となる。この辺りは列王記前半の物語である。

 北王国は前870年頃、サマリアに遷都する。その頃の王がアハブである。彼は王妃イゼベルのイニシアティブでカナンの宗教バアル信仰をこの国に持ち込み、民族の命であったヤハウェ信仰を駆逐する。

 バアルは生産・豊穣の神であった。

 ヤハウェは土地と自然を守り、農民の権利を擁護し、契約において共同性を確保する神であるから、生産の力や富によって支配を貫徹するバアルとは、価値観の違いで真っ向から対立する。

 ここで一つの事件が起きた。
 「ナボトのぶどう畑の事件」(列王記下21章)である。

 王は王妃イゼベルに唆されて、ナボトの土地・畑(神からの嗣業・財産)を奪おうとして、偽証を立て、ナボトを殺した。ヤハウェの預言者エリヤ(エリヤの名の意味は「我が神はヤハウェ」)が敢然と現れ、アハブ王と王妃イゼベルのバアル崇拝信仰を徹底的に批判した。

 土地の問題で人が血を流した時の代表的な神の審判は「干ばつ」であった。
 エリヤは王に「主は生きておられる。わたしが告げるまで、数年の間、露も降りず、雨も降らないであろう」(17:1)と宣言をする。

 ここから、王と王妃によるヤハウェ預言者への迫害が始まる。エリヤは迫害を避け、フェニキアに逃れ二年が経過した。三年目の秋、神の言葉がエリヤに臨む。
 「行って、アハブの前に姿を現せ。わたしはこの地の面に雨を降らせる」(18:1)

 アハブとエリヤとの対決の始まりである。クライマックスの物語が今日の主題である。
 エリヤのヤハウェ信仰を守る戦いが、カルメル山上で始まる。アハブそしてバアルの預言者との対決である。

 アハブはエリヤを見て「イスラエルを悩ますものよ」と言う。エリヤはそれは違う、あなたが主の命令を捨て、バアルに従ったからだと反論する。彼は「イスラエルの全ての人およびバアルの預言者450人、ならびにアシラの預言者450人…をカルメル山に集め」(18:19)させる。そこで2頭の雄牛を用意させ、薪の上に載せ、火をつけずにおき、それぞれ神の名を呼び「火をもって答える神こそ神である」との対決に出る。

 450人のバアルの預言者は朝から昼まで祭壇の周りを跳び回って祈った。しかし何の反応もなかった。夕刻おもむろにエリヤは壊された祭壇を修復し、ヤコブの12部族の数の石で祭壇を築き、溝を掘り、薪、雄牛の上から水を注がせた。水の注ぎは3度に及んだ。そうして「主よ、わたしに答えてください」(18:37)と祈ると、主の火が降って、焼き尽くす献げ物の全てを焼き尽くしたという物語である。

 ここで注目したいのは、次のところである。


 祈りの前に、エリヤが全ての民に近づいて言った。

「あなたがたはいつまで二つのものの間を迷っているのですか。主が神ならばそれに従いなさい。しかしバアルが神ならばそれに従いなさい。民は一言も答えなかった。」(18:21)


 小磯さんの絵は、エリヤが祭壇に民を近づけ、周囲に溝を作り、祭壇に4つの甕から水を注がせ、これから祈りを捧げる場面である。右のエリヤは自信に満ちた顔をしている。左の人物はバアルの預言者であろうか、困惑の顔をしている。そうして後ろにいるのはイスラエルの民である。干ばつで一番困っているのは農民である民である。しかし、アハブの権力の前で迷っているのも民である。

 その民が今ヤハウェへの信を回復しようとする瞬間が描かれている。民の面持ちは祈りの様子を表していないだろうか。決して見物の雰囲気ではない。真ん中にいる赤い衣服の人はどうも母子像のような気がする。これから天からの火が降り、ヤハウェ信仰の回復という劇的場面が描かれている。

 これは聖書の基本的テーマである。権力を是認するバアルの神に従うのか、最も低い農民の一人も失われてはならないという、ヤハウェの呼びかけに応答するのか、が問われている場面である。


(サイト記)小磯画伯の挿絵は本サイトに掲載できません。