ギデオン三百人を選ぶ(2008 小磯良平 ⑨)

2008.10.29、湘南とつかYMCA “やさしく学ぶ聖書の集い”
「洋画家 小磯良平の聖書のさし絵から聖書を学ぶ」⑨

(明治学院教会牧師、健作さん75歳、『聖書の風景 − 小磯良平の聖書挿絵』出版10年前)

士師記 7:1-8:3

 ギデオンとは誰か。月本昭男さん(旧約学者)が要を得た解説を書いている。

 「古代イスラエルの”士師”の一人。別名エルバアル。物語の中心は、片手で水をすくって飲んだ兵士300人とともに、奇襲をもって宿敵ミディアンを撃破し、イスラエルを解放する英雄伝承(士師記 6:33-7:25)。預言者もこの伝承に言及する(イザヤ 10:26他)。…」(『岩波キリスト教辞典』 2002 岩波書店)

 小磯さんはこの士師記の物語の7章4節から7節を描いている。物語の筋はこうである。

 宿敵ミディアンと戦うためにギデオンが民に召集をかけると各地の部族から人々が集まってきた。8章10節の記事では敵の軍勢は12万が敗残兵となったとある。ギデオンはどれだけの兵力で戦ったのであろうか。ところが主はギデオンに言われる。

 「あなたの率いる民は多すぎるので、ミディアン人をその手に渡すわけにはいかない。渡せば、イスラエルはわたしに向かって心がおごり、自分の手で救いを勝ち取ったと言うであろう。それゆえ今、民にこう呼びかけて聞かせよ。恐れおののいている者は皆…去れ、と」(2-3節)

 この言葉で2万2000人が帰ったという。1万人が残った。主はギデオンに言われる。

 「民はまだ多すぎる。彼らを連れて水辺に下れ。あなたのために彼らを選り分けることにする…」

 主はギデオンに言われた。「犬のように舌で水をなめる者はすべて別にしなさい」。そうして水を手ですくってすすった者の数は300人であった。他の民は皆膝をついてかがんで水を飲んだ。

 物語は、この300人が三つの小隊に分かれ、全員が角笛とからの水がめを持ち、その中に松明を入れ、敵を奇襲することで敵が同士討ちを起こし逃走したという結末になっている。

 前回、ヨシュア記、士師記、サムエル記(上、下)、列王記(上、下)は一貫した歴史叙述として編集され、執筆されたことを述べた。時代は紀元前7世紀(あるいはもう少し後の前6世紀イスラエル捕囚時代)。申命記的歴史家の著作と言われている。この歴史家たちは、ヤハウェ(主)がイスラエルを支配し、これを救いに導く神であることを繰り返し語った。 

 ギデオンがミディアン人に対して戦った功績を見たイスラエルの人たちは、ギデオンに「我々を治めてください」と懇願したという。その時のギデオンの言葉が記されている。

 「私はあなたたちを治めない。息子もあなたたちを治めない。主があなたたちを治める」(8章23節)

 これは、イスラエルが王国を形成し、その王国が分裂し、権力の争いゆえに、強大な帝国に滅ぼされてゆく、一連の歴史を経験した後に、歴史家がイスラエルの歴史をたどり、何が大事かを述べた歴史観でもある。

 そもそもギデオンの物語の冒頭6章1節には「イスラエルの人々は主の前に悪とされることを行なった。主は彼らを7年間、ミディアン人の手に渡された」とあり、宿敵が宿敵である根源はイスラエルの悪(偶像礼拝)にあることを述べている。

 「士師」というのは、『新共同訳聖書』巻末の「用語解説」によれば、「本来は『裁く』という動詞の分詞形であるが、『士師』と訳される場合は、イスラエルの歴史において、カナン占領から王国設立までの期間、神によって起こされ、イスラエルを敵の圧迫から解放する軍事的、政治的指導者を指す。士師記には12人の名が挙げられている」と説明されている。

  小磯さんの絵では、ギデオンはその士師にふさわしく画面の上部に赤い衣でひときわ威厳に満ちた雰囲気に描かれている。構図は川辺の丘陵の斜面が空と水を上下に分け、斜面中央にいかにも乾燥地の木らしく葉の少ない枝を広げた老木が全体の遠近感に厚みを持たせている。丘の斜面に、降りてくる人々の列を配置し、主題の水を飲む人々を川辺に5人配置し、舌で水をなめる人と、手で水をすくう人とをさりげなく描いている。彩色は青、茶、緑、赤の諸系統の色が淡く用いられているが、宿営のテントや人々の衣、頭に被った布の白の反射光が画面を明るいものにしている。

 士師記を読み直してみると、ヨシュア記に続き、戦闘場面が多い。狭い地域で諸部族がどうしてこうも戦わなくてはならないのか、と思う。歴史がそうであれば、現代も変わらない。ロシアと軍事衝突したグルジア、パレスチナのガザ地区を封鎖し続けるイスラエルのことが頭をよぎる。小磯さんのこの絵には、その戦争の雰囲気がない。彼が太平洋戦争中、従軍画家として動員された中で描いた作品がいくつかある。「娘子関(じょうしかん)を往く」など。それらも兵士を描いてはいるが休息の穏やかな場面である。この「ギデオンの三百人」の絵も穏やかである。「主があなたたちを治める」のテーマが、この絵の真の主題なのかもしれない。

 「ギデオン」と言えば、一言、財団法人「日本国際ギデオン協会」のことに触れておかねばならないであろう。1899年アメリカで3名のクリスチャン・セールスマンが起こした伝道団体。1949年に聖書配布運動のため東京に支部が設けられ、新約聖書をホテル、旅館、病院、刑務所などに無料で備え付け、学生、警察官、看護師などに贈呈する運動である。年間90万冊以上を配布している(『日本キリスト教歴史大事典』)。ギデオンの故事に倣って名をつけられた運動であるという。

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洋画家・小磯良平の聖書のさし絵から聖書を学ぶ

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ボアズの畑で落ち穂を拾うルツ(2008 小磯良平 ⑩)

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