神はわたしの歩む道を知る(1995 礼拝説教・受難節・震災から47日・ヨブ)

1995.3.5、神戸教会、復活前第6主日、受難節第1主日
(震災から47日目、ガスが復旧し礼拝堂での礼拝再開・ヨブ記再開)
▶️ 週報「雑感」
説教要旨

(神戸教会牧師17年目、牧会36年、健作さん61歳)

(サイト記)『地の基震い動く時』96年版と2005年版ではテキストが異なります。こちらは1996年版になります。

ヨブ記 23:1-11説教題「神はわたしの歩む道を知る」

”しかし、神はわたしの歩む道を知っておられるはずだ。”(ヨブ記 23:10、新共同訳)


 今日の礼拝は、実は階下講堂で行うよう、掃除も行なったり、お花も生けてもらったりして、準備をしておりました。

 金曜日にこの近くでガスの復旧工事をしていたので、いつ頃出るのだろうかと聞きに行ったのですが、三月の半ばまでは復旧はとても無理だ、ということだったので、電気暖房のきく階下に継続して礼拝の場を設定したのです。

 昨日の夕方になって急遽ガス器具の点検が始まり、ガスが出るようになりました。久しぶりにガス暖房のある礼拝堂での礼拝が出来ることを、心より喜びたいと存じます。

 ところが、昨日の夕方は喜んでばかりはいられないことがありまして、地震で亀裂の入った会堂塔屋の部分の復旧の見積もりを、業者が持って来ましたが、素人の私などの想像をはるかに越える金額で、今日の役員会で検討していただくわけですが、またまた地震の被害の重さを、ずっしりと感じているわけです。

 きっと皆様の家でも、全壊の方も半壊の方もどんなにか被害の重さを味わっておられるだろうと思います。 


 3月1日から、教会暦では受難節レントが始まっています。今年の受難節はさすがに重い、という実感はまぬかれません。

 地震から少し時が経ちますと、ご無事でよかった、というお話もありますが、そうではないお話もお聞きします。

 私は、幼稚園の子どもを迎えるので、折々、幼稚園の門のところに立つことがありますが、この近くの歯医者さんにお勤めになっている女性が、いつも朝、通って行かれます。お会いするたびに、心からにっこりと笑みをたたえて挨拶をして通られます。その笑みが心に残っていると、1日が何か明るい、という思いになるお人柄でした。特にお話をしたことはありませんでした。

 一昨日、町内の散髪屋さんに参りましたら、あの方は、ほんとうに町内のみんなから愛されていた方だけど、長田で、姉妹お二人共々に地震で亡くなられた、というお話でした。

 その方が、もういない、と思うと、…そうして、そんな方々がこの街のいたるところにいて、みんなが悲しい思いを抱いていると思うと、…皆様も一人一人が、そういう思いをきっとたくさん抱かれていると思いますが、…今年の春の受難節レントは一層身に沁みる季節であります。


 私どもの教会員の浅海敏子さんのご主人とご子息が同時に、家屋の倒壊によって、あの日亡くなられたことは、前にお話ししましたが、今日の午後、ご葬儀だとのことです。神の慰めを節に祈らざるを得ません。

 このところ、悲しい出来事や、荷の重い出来事が続きますので、一生懸命に祈る時が多くなったような気がします。皆様も、きっと、困難にぶつかった時、試練が大きい時は、知らないうちに、真剣に手を合わせて祈っておられると存じます。


 今朝読んでいただいたヨブ記23章2節のところは、口語訳の聖書で読みますと、こうなっています。

”今日もまた、わたしのつぶやきは激しく、彼の手は、わたしの嘆きにかかわらず、重い。”(ヨブ記 23:2、口語訳)

 その意味は、ヨブの体験している試練は、今日も、ほんとうに重い、ということです。

 彼自身が、財産を失い、家族を失い、そうして健康を損ねて、人から忌み嫌われる病に侵されています。加えて、友人たちは、彼の悩みの側に立たず、ただ諌めるばかりです。「つぶやきは激しく」という言葉に、その試練の重さが出ています。ですから続く節の意味は、こうなります。「彼の手」つまり「神の手は、わたしの嘆きを軽くするどころか、嘆きにもかかわらず、重い」という意味です。

 ヨブは試練からの救いを求め、神をたずねます。しかし神の手が彼を撃つ、というのです。8節を見ると、彼の神をたずねる様が言い表されています。

”見よ、わたしが進んでも、彼を見ない。退いても、神を認めることができない。左の方にたずねても、会うことができない。右の方に向かっても、見ることができない。”(ヨブ記 23:8、口語訳)

 また5節には次のようにあります。

”わたしはわたしに答えられるみ言葉を知り、わたしに言われる所を悟ろう。”(ヨブ記 23:5、口語訳)

 嘆きの中で、もし神のみ言葉が与えられるのなら、その言葉により頼んで、神のみ旨を悟ろう、という心構えです。それにもかかわらず、神の答えが見えないのが、この箇所です。

 ヨブ記には、このように、神の見えないところが、何箇所かあります。例えば、30章20節「わたしがあなたに向かって呼ばわっても、あなたは答えられない。わたしが立っていても、あなたは顧みられない」、9章11節「見よ、彼がわたしの傍を通られても、わたしは彼を見ない」とあります。

 こういうヨブ記の一面、つまり神をたずねても見出せない。そのことを「神の蝕(しょく)」と言ったのは、マルティン・ブーバーというユダヤ教の哲学者です。「蝕」は日蝕とか月蝕の蝕で、欠けていること、神が隠されてしまっていることです。ブーバーは、こういう体験は決してマイナスではなくて、むしろ、たいへん大事ということを言っています。

”神へのおそれを前もって経験せずにおいて、直ちに愛から出発する者は、実は、自分の手で作り上げた或る偶像を愛しているのである。だからこの場合に、それを愛することはいとも易いことであるが、しかし、彼は真の神を愛しているのではない……”


 ここはなかなか厳しいところです。教会暦では何故、この受難節がことさらに覚えられるのか、に意味があります。教会暦はキリストの生涯を生活の暦に即して体験するように組まれています。灰の水曜日、棕櫚の日曜日、洗足日、そしてイースターを迎えます。今年のイースターは4月16日です。

 ヨブ記には、ヨブがたずねても、求めても、神が隠されている…という面があります。しかし、そこでヨブは絶望しているかというと、絶望だ、絶望だ、と言いながら、神を求めています。神を求めては絶望する、という繰り返しが、この23章にはよく出ています。17節では「暗黒がわたしの顔をおおう」と言っています。それでは、神を求めることを止めるか、というと、どこまでも神を求めます。

 23章は、友人エリパズが22章で喋ったことへの反論という形式をとっています。

 その友人は22章で、祈りについて、こう言っています。

”あなた(ヨブ)が、彼(全能者)に祈るならば、彼はあなたに(あなたの祈りを)聞かれる。”(ヨブ記 22:27、口語訳、カッコ内は岩井補足)

 祈るならば、聞かれる、これはエリパズにとって、祈りは神に聞かれるという自明な確信があったのです。それ自身、言っているところが間違っているわけではありません。

 しかし、それを言うことと、体験することとは、大きな違いがあります。ヨブは祈りとは必ず聞かれるものだ、という理解にとどまっているのではなく、「隠れた神」に祈っているのです。切なる祈りをしているのです。

 実は、23章の2節を新共同訳で読むと、その訳が異なり、ここのところのニュアンスが違うのにお気付きの方もおありかと存じます。新共同訳では2節はこう訳されています。

”今日も、わたしは苦しみ嘆き、呻きのために、わたしの手は重い。”(ヨブ記 23:2、新共同訳)


 ここでは「手」は神の手ではない、私の手です。

 古来、ここの訳をどうするかで、神の手とする訳(七十人訳、ルター、RSV)があります。ヨブ記の私訳をしている中澤洽樹(こうき)氏は『ヨブ記・新訳と訳注』(中沢洽樹、新教出版社 1991)で、「神の手がわが呻きを押しつぶす」と訳し、神と法廷論争を試みるヨブに、神の手がのしかかる、という意味にとっています。

 これを「わたしの手」ととると、これは祈りの姿を現しています。祈りのために上げられた手は、嘆きの大きさにも関わらず、重く掲げられている、という意味です。

 元来、原文は「わたしの手」と読むのが、素直な読み方です。詩編77編3節には「わたしは悩みの日に主にたずね求め、夜はわが手を伸べてたゆむことなく」とあります。手が重い、それは祈り続けることです。

 出エジプト記17章12節には、モーセがアマレク人と戦ったとき、手を上げて祈っている間は勝利したが、モーセが疲れて手を下ろすとアマレク人が勝った。そこで、弟子のアロンとホルがモーセの手を両方から支えた、という所があります。手を上げる、というのは神の救いと助けを求める、最も基本的な姿勢です。

 今、私たちは、手を上げて祈りはしません。むしろ、手を組み合わせて祈ります。真剣に祈る時は、手に力が入り、汗がにじむということがあるでしょう。


 神が隠されているにも関わらず、ヨブはなお祈りにおいて神へと伸ばした手によって、神への真剣な関わりをもっている。

 しかし、彼は神を見ることはできない。

 彼が神を知ろうとしている道は閉ざされている。

 彼から神への方向は闇なのです。

 しかし、10節で彼の方から閉ざされていないにも関わらず、「彼(神)はわたしの歩む道を知っておられる」という信仰を語っているところに、ヨブの深さがあります。


”しかし、神はわたしの歩む道を知っておられるはずだ。”(ヨブ記 23:10、新共同訳)


 「わたしの歩む道」という場合、実は、自分の人生は自分が一番よく知っているようで、そうではない。

「私の歩んだ道」という本を書いた人はいるでしょう。でも、私の歩む道はそんなに明らかではありません。私の歩む道、つまり自分の人生について、一体いつ、どんな形で、どんな終わり方をするのか、どんな出会いをするのか、これは、ほとんど分からない。

 むしろ、私たちに分かっていることは、私の嘆きの大きさにも関わらず、祈ることはできる、ということです。私の手は、嘆きにも関わらず、祈りに押し上げられていくことはできる、ということです。


 困難な旅の過程・プロセスも、全ては神からの授かりものとするヨブの考え方があります。言い方を変えれば、ヨブのしたたかさがある、と言えます。

 地震の中でたくさんの困難に出会っても、なお生かされているということは、神が、私の歩む道をご存知だということでもあります。

 時には呟きながらでも、なお、手を神に向かって差し伸べて祈りをなしつつ歩んでいきたいと存じます。

 祈りの手は、私たちの意思を示し、やさしさを示し、決意を示し、連帯を示すものであることを、心に刻んで、この週、自覚的に祈りの手を作り出してゆきたいと存じます。

 父なる神、たくさんの難しいことが、この震災のあとの生活にはあります。あなたのみこころのあるところを、祈り、求め、歩むことを得させてください。

 主に在りて、アーメン。

神は私の歩む道を知る 95.3.5(礼拝説教 2005年版)

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