山下長治郎 短歌抄(1994)

1994.3.6、故山下長治郎兄一周年記念式(このとき配布された短歌抄) 司式:岩井健作(60歳)

 この国にわれのひと世もさだまるか

    遠山雪を見つつしおもふ

 ひと恋ふるこころ切なく安土山

    夕日となれる頃までも見つ

 ふるさとに老をやしなはむと願ひ来て

    友とせん人今多く亡し

 茜引く夕雲さはれうつしみは

    山手六丁目にうつぶきてをり

 街空の澄みて寒きを美しと

    山手坂道に立ちどまり見ゆ

「わがちからは弱きところに」という言葉

    今日の身に沁むいのちなりけり

 つきつめてしもべ一人がためとなりし

    一會の思ひあたため来しを

 夕ぐるるエマオの途々弟子達の

    内に燃えけむゆゑしらなくに

 かの日受洗して幾数十年

    ただ茫々として視野は広がる

 わが主の極北にありてナザレ人

    きはみまでともにと告すうれし

 夜なべする妻のかたえに帰り来て思う

    宗教的リアリズムという言葉

 アララギと聖書とわれの枕辺に

    置くも夜々の習ひとなりて

 あらたまの年の始めといふこゑに

    イザヤ書五十三章身に沁みて読む

 言絶えしここの墓石も

    被曝死年月深く刻まれてあり

 身に余る恵みのみ受けし一生

    わがかりそめならぬ一日思ほゆ

 なくてならぬただぎりぎりを問いつめる

    今朝の吾妻よ主は宿ります

 子供らは家を離りて妻とのみ

   「埋み火」と言ひてかそけくもあり

 今夜わがこころなごましむ思ほえず

    かの浅野川の水たたへゐしこと