故山下長治郎兄の祈り – 震災による倒壊をまぬかれた神戸教会

評伝・あとがき(『山下長治郎歌集』)より抜粋

(サイト記)岩井健作氏は、上掲「略年譜・評伝」の中で、神戸教会が倒壊をまぬかれた要因を次のように書いている。


故山下長治郎兄、1991(平成3)年、神戸教会々堂修復・別館建築特別募金委員長に就任、1億5千万円の募金目標を完遂。


 山下は83歳の時、教会の現役役員たちに推されて会堂修復の募金委員長となった。固辞に固辞を重ねたが、遂に懇請を神の招きと受けとった。しかしそれは新たなる決意でもあった。そして

「募金の問題、金を集めるということは、私の生活の具体的なことに直接関わるから『業(わざ)』だけに終わりかねない。それを超えるのは祈りである。わざの中にはまり込む自分を見てぞっとする。祈りがなければそれは超えられない…祈祷会が盛んになって欲しい」

と語った。終わりの一句は遺言ともとれる。募金はやがて目標に達した。山下は改めて

「募金については恵みに溢れた感謝をもっている。見えない力が働いた。祈りというものがあった。私の委員長は飾りであった。みんなで感謝したい。教会という場を、私の言葉で一言(ひとこと)で言うと、山下は山下自身に出会う場所だということです。私は私に出会う。ほんとうに自分自身に出会う場です」

と語った。それは時間の壁を破って永遠を覗き込むような、そして人をなつかしむ輝いた眼差しであった。
 ユトリロの絵のように瀟洒な神戸教会の会堂は、1995年1月17日、マグニチュード 7.2、震度7の烈震に耐えた。特別募金の完遂により改修を終わっていたことが外壁の倒壊をまぬがれた大きな要因であった。

 山下は「山手六丁目にうつぶきてをり」とかつて教会への想いを詠んでいるが、今は会堂が山下の存在を伝えている。