1975年10月26日 岩国教会週報
「先週説教より」ルカ9:57-62
空の鳥には巣がある。しかし人の子には眠るところもない。(ルカスによる福音 9:58、共同訳)
聖書の『ルカスによる福音:共同訳』(日本聖書協会 1975)が出版された。特徴は一般読者を対象としている点にある。プロテスタントとカトリックの共働の意味もそこにあるし、従来なかった小見出しも付いている。「ルカ福音書」は元来伝道文書の性格がある。今回、最初に訳され出版されたことが象徴的でもある。ルカは相手の価値観(何を尊いものとして生きていくかの考え方)を頭から否定しないで、それを手がかりにイエスの示す価値観へと転換させていくという論法が見られる。今日の箇所である9章57節以下「イエスに従うこと」の箇所もそのように読める。イエスに従うことを肯定しつつ、その従い方の中に「空の鳥が巣を持つ」ような、自分中心が保たれる場・隠れ場を持つ従い方がひっくり返されていく。宗教を求めるとか信仰を持つということの中にすら自分の心の安定が求めの中心を占めてしまう危険を誰が否定できるだろうか。それは一つの「巣」である。明治以降、日本の進路を決めてきた価値観、例えば、富国強兵、和魂洋才、忠君愛国、平和と民主主義、所得倍増、福祉国家等々。これらは、日本が踏みにじったアジアの人たちの目から見れば、「巣」として見えるであろう。だが日本人は熱心に勤勉にそのような価値観に生きてきている。たとえ流されてきたにしてもだ。中身が自分の「巣」になってしまう価値観を生きている私たちが、イエスに従うことを熱心に求め続けるなら、頭から否定されることなく、常に転換を求められつつ招かれていることを信じて歩みたい。「前のものに向かってからだを伸ばしつつ」(ピリピ3:13)。
(1975年10月19日 岩国教会 岩井健作)


