反復する愛(1975)

1975年9月7日 岩国教会週報
「先週説教より」ガラテヤ 6:2
《前週週報欠落》

(岩国教会牧師11年度、健作さん42歳)

互いに重荷を負い合いなさい(ガラテヤ6:2)

 「霊の人であるあなたがたは」(6:2)という表現には、肯定と批判の両面が出ている。「霊の人(=神からの恵みにのみ生の根拠を置く生き方)」の自覚は評価されるべきである。例えば、若い方であれば「中学生」「高校生」との自覚がそれに相応しい行動を促すように。けれども、それが完全なものであるかのように先取りされた時、その思い込みがその人をダメにする。それが批判の対象になる。「柔和な心をもって」(6:1)の「柔和」とは自分が流されていくことを自覚し抑制すること。怒るべき事柄を、まあまあと済ませてしまう心を抑制し、情に流される激情の怒りを抑制することは難しい。しかし、「霊の人」は「誘惑に陥ること」への自省から、繰り返し出発せねばならない。「互いに重荷を負い合いなさい」とは、他人の重荷を負っているつもりで、実はその他人に自分の重荷を負ってもらっていることに気づいていない場合がある。仕えている相手に、実は支えられているといった具合のことは多い。繰り返しくりかえし自分が支えられている愛、あがないの愛、キリストの愛のうちに生かされておればこそ、他の重荷を負うことも成し得ることが指摘されている。自分自身をよく見つめるためにこそ、重荷を負い、他の人との関わりを大切にしていきたい。

(1975年8月31日 岩国教会 岩井健作)


BOX-1. 岩国教会所蔵史料

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