主の晩餐の意義(1974)

1974年10月13日 岩国教会週報
「先週(世界聖餐日)説教より」コリント第一 11:17-34
《前週週報欠落》

(岩国教会牧師9年目、健作さん41歳)

主の死を告げ知らせるのである。(コリント第一 11:26)

 パウロは主の晩餐の意義をコリント教会の状況と無関係に説いたのではない。当時は、皆が夕食を持ち寄る食事とイエスの死を記念して憶える儀式とが分かち難く結びついていました。先に集った者が勝手に飲み食いをして、夕方遅くまで働いてきた者には食べるものが残っていない状態が起きていました。教会がそうなるには、根深い問題があり、パウロはそれを撃っています。つまり、共同の生活の場で、自分のやりたいようにやるという生き方をそのままにしておいて、イエスの死を記念することが出来ないという事態です。主の晩餐は、イエスが弟子たちと行った最後の食事に関係付けられていますが、「渡される夜」(11:23)というのは、イエスにとって、ユダヤの官憲から追われている危機の最中での出来事です。ユダヤの政治的・宗教的枠組みからは外部にある罪人・病人・遊び女や地の民(アウトカースト)と共に生きた故に危険人物と見做されたイエスが「みこころのままになし給え」(マタイ26:39)という祈りにおいて赴かれた十字架の死の前夜です。イエスの死を想い、その死を自分の生き方の中で担うことなしに「主の晩餐」を守っていた者には、パウロの言葉は厳しいものでした。けれども、パウロは「主の晩餐」を「主から受けたこと」(11:23)として伝えています。伝えられたものに盛られている恵みを私どもも疎かにしてはなりますまい。そして、パウロが教会内の食事のあり方で厳しかったことを、私たちはそれぞれの生き方の場、広がりに置き換えて(イエスが持っていた広がりを想い)自らを戒めて、生かされていきたいと思います。

(1974年10月6日 世界聖餐日 岩井健作)


BOX-1. 岩国教会所蔵史料

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