私は岩国でベトナム戦争を経験した。そして今 (2015 講演)

2015.6.21 鎌倉恩寵教会

1 、今、「岩国」を学ぶ意味

① 岩国の地理的位置(山口県東部)とその特徴
 岩国の街の三つの顔と地域
(A)城下町(錦帯橋、観光地、封建的な人間関係、保守、岸信介・佐藤栄作・安倍晋三の選挙基盤)
(B)コンビナート(帝人、山パル、東洋紡、三井石油、大企業意識の住民含む)
(C)米軍基地(日米安保肯定、基地(補助)経済に依存)。普通の街であって、そうでない街。

② 本土の沖縄化の端緒(前田哲郎)
 参考  P.10 『兵士である前に人間であれ』岩井健作

③ 政府の圧力に抵抗する市民(地方自治)の姿があるから。
 参考『岩国は負けない〈米軍再編と地方自治〉』(「週刊金曜日」 2008/1)
 米軍再編による艦載機受け入れを認めない井原勝介市長を[支える市民]に対して、約束の地方交付税減額や補助金打ち切りをして、地方自治を政府体系に組み込む手法、に対する抵抗。

④ このような保守基盤意識のなかで「地方自治の住民意識」が育ってきた。
・歴史的背景としての1970年代ベトナム戦争と岩国
・市民運動の根にある歴史
 ベトナム戦争時、米兵の叛軍・反戦運動に連帯した「ベ平連」の遺産、保守的住民と運動を担った「外来」の若者を繋げた、「大人たちの」キリスト教の役割についてが、拙著『兵土である前に人間であれ』の記録として、また主張としての主眼点。

2 、キリスト教の宣教の仕方での二つの特徴。岩国の教会の歴史はどちらか。

① Package message (まとめられた使信)として捉える方法
 まず「教義」「教理」を言語を手段として伝える、これは伝統的な「布教活動」(社会との接点なし)。

② a matter of encounter (出会いの出来事)として伝える。
 言語活動は「出会い」あるいは「共に生きる」という生活実態の後についてくる。

 日本基督教団の宣教活動の戦後史は最初は「新日本建設運動300万人救霊」であったが、それに行き詰まり、労働者大衆、女性、子供、弱者への連帯(その問題を共に生きる)という方向に変わり、1970年代その方向の不徹底への激しい問題提起が若者からあり、その反動として②から①へ戻って、現在は「伝道(布教、教義「信仰告白」の徹底)」が主流になっている。

③ 岩国のキリスト教の歴史
 1899年、メソジスト、日本基督教会の伝道が、旧岩国(城下町)で始まる。戦後、コンビナート地帯への伝道の必要を感じた、当時の牧師高倉徹(1916-86。岩国教会在任 1949-65)は、城下町の二つの教会を合同し、新たにコンビナート地域に二つの教会を設立、徹底して、地域との出会い、地域に仕える教会形成を行った(構成層:労働者、知識人、女性、個人経営者など)。

④ 日米安保条約体制を批判し、基地撤去の運動を4者共闘「社・共・地区労・キリスト者(平和の会)」の枠組みで展開した(この場合、個人より組織が優先)。
 教団・教区ではボンヘッファーの神学「世に仕える教会」に学びつつ、杉原助牧師(岩国東教会)の協力のもと、労働講座の開設などにより「労働者伝道」を展開する。

3 、私は、高倉牧師が教団総幹事(後、農村伝道神学校校長)として転任した後、岩国教会牧師に赴任した(1965-1978)

 その宣教姿勢を受け継ぎ、その状況で、ベトナム戦争を迎え、反戦米兵の支援を行った(参考 P.17  前著『兵士』)。

 その支援活動は、いわゆる平和運動の枠組み、団体の組織行動を超えた、個人のゲリラ的支援活動が中心となった。それは、いわゆる左翼運動の限界を意識して起こされた、個人原理、個人参加による「ベトナムに平和を求める市民連合」(ベ平連、1965-74. 提唱者小田実、鶴見俊輔、事務局長吉川勇一)として日本中に燎原(りょうげん)の火の如く広まった。

 概念・理念(イデオロギー)が先にあり、それを原理として動く運動よりも、戦争(人殺し)を止める、という火事場の行動が先にあるという運動であった。「どこでも、誰でも」というスタイルが新鮮であった。

 米軍兵士(GI)たちが提起した問題は、「ベ平連」の運動の課題としても受け止められた。
・国家とは何か。
・反戦兵士の見たもの。
・国家の自己保持の手段としての戦争。
・大量虐殺(兵器の非人道性)。
・戦争に大義があるのか。
・国家の権力に服従させられる人間とは何か。その抵抗権は。その主体性は。
・人間の尊厳の喪失とは。
・愛国心の欺瞞。
・加害者責任を負わねばならない個人。

 私は、岩国で、個人として、これらの課題を負った。その私なりの記録が『兵士である前に人間であれ』なる本の纏めである。

 これらの経験は今の状況にどうつながり、生かされるのか。

「反戦G I」との出会いのなかで忘れられない「兵士である前に人間であれ」を自らに言い聞かせていたこと。これが実行されれば、兵士は、国家の破壊者として処罰される(アメリカ市民社会では犯罪者扱い)。生命の危険さえ伴う。「あなたがた日本人は、日本の民主化、非軍事化のための足下のことを闘ってほしい」(P.79)との言葉である。

4 、今を生きる

「アベノミクス、お金至上主義(究極的には人殺しに結び付く)から脱却せよ、日本人、と叫びたい。」

「安倍晋三首相は15日、……集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈の変更を容認する考えを表明。…集団的自衛権は、自国が攻撃されていないのに武力を行使する権利で、容認は海外の戦場に国民を向かわせることにつながる。解釈変更だけで行使を認めれば、憲法9条は骨抜きになり、憲法が権力を縛るという立憲主義の原則も否定される。戦後日本が守り続けてきた平和主義がゆらいでいる」(2014/5/16 東京新聞)

 安倍首相は1年ひたすらこの路線を走り、最後の仕上げを今国会で強行している。市民は危機感を感じている。

「憲法違反」の論議を深めねばならない。政府側は議会の数を頼みとする。「存立危機事態」(法案)を「政府の総合判断」 と答える首相に対して、「戦争の基準が感情論だ」と柳沢協二氏(元内閣官房副長官補 6/19)は批判。

「安全保障関連法案は『違憲』」(憲法学者、日弁連役員)の叫びが響く。世論の攻防が続く。しかしマスメディア(東京新聞、幾つかの週刊誌を除く)は徹底抗戦の立場はとらない。市民運動・ネット署名などあらゆる運動の形態で闘わねばならない土壇場である。

「戦争に良い戦争は絶対にない。すべて人殺しです。殺さなければ殺される。…せめて死ぬ前にここへきてそういう気持ちを訴えたいと思った」(瀬戸内寂聴 93歳、18日国会前の「安全保証関連法案に反対する抗議行動」での訴え)

5 、「殺すな」

・出エジプト 20:13「殺してはならない。」
 聖書の基本命題、第一戒「神をのみ神とする」の倫理ヘの展開。
・マタイ 5:21-27は、「殺すな」を和解にまで繋げて観念化 。
・ヤコブ 2:11
「「姦淫するな」と言われた方は、「殺すな」とも言われました。そこで、たとえ姦淫はしなくても、人殺しをすれば、あなたは律法の違反者になるのです。」

 ベトナム戦争時、日本の市民から米国(市民)への訴え(岡本太郎による揮毫(きごう))は『殺すな』であった。この原点で多くの人々の闘いに連帯したい。

 戦後70年の市民の総力戦は安倍を退けること。それは、立憲主義という歴史の遺産を守る闘いである。

中國新聞 2015/11/6 「殺すな」の広告はワシントンポスト紙に掲載された当時の現物。現物を直接撮影して鮮明な状態のものを掲載したい。

中國新聞 2015/11/6 社説・コラム「息づく『ベ平連』の記憶」 外部リンク

兵士である前に人間であれ

「平和への熱意−今、私たちにできること」(2010、矯風会)