中風の人をいやす

「現代社会に生きる聖書の言葉」
湘南とつかYMCA ”やさしく学ぶ聖書の集い”

第92回「新約聖書 マルコによる福音書を読む」③
マルコ 2章1節-12節


1、聖書もいいが、「奇跡物語」には躓(つまず)く、という方がたくさんいます。そういう方には、それを理由に聖書を読むことを止めないで、そこはそのまま飛ばして読んでほしいとお薦めしています。謙虚に「分からないことは、分からない」 というアプローチ(接近)がやがては、この2千ページ(旧約1502,新約480頁)にも及ぶ書物の奥深さへの導き手になるに違いないと思います。

「奇跡物語」を現代の科学的合理的立場から解釈したり、批判する事は、聖書が「奇跡物語」を記した意図からみると的外れ (『聖書辞典』1968 新教出版社)であります。聖書の奇跡物語は「不思議(ミラクル)」を語っているのではなく、「驚くべき(ワンダー)出来事」を語っています。

2、福音書の「奇跡物語」伝承には、様式上、奇跡の対象から
(1)「治癒奇跡」(2)「自然奇跡」
があります。治癒奇跡の代表的なものは、「中風の人」のお話です。マタイ、マルコ、ル力、と三つの福音書にのっていますが、マルコが原形です。例えば中風の人をイエスのところに運んでゆくのが「4人の男(複数形をそう訳した)」だということは、マタイ、ルカでは落とされています。どうでもよい事だと考えたのでしょう。しかし、「4人」は我々の想像力に物語伝承の、そのまた原形の場面を想像させます。屋根に穴をあけイエスの前に病人を吊り下ろす場面を思い浮かべると、4人というのは、リアリティーがあります。これは、治癒奇跡物語の特徴である「病人の癒しを熱心に求める人々の振る舞い」という治癒奇跡物語の共通の特徴を語っています。

病気に対する本人の願い、と周囲の人々との熱意が相候っていることへの、「驚くべき出来事」として治癒は起きている事を、語っています。「その人たちの信仰をみて」(5)は、伝承が伝えられた、中心的テーマとなっています。信仰(ピスティス)は、信頼、確信、と訳されている言葉で、語源は「説得する(ペイソー)」の意味です。彼らの熱意には説得力があって、イエスが動かされたという背景がでています。病気は閉塞状況ではないのです。その閉塞を打ち破る「関係が存在する」(聖書の他の用語で言えば、「招きと応答」「恵みと信頼(信仰)」「 神の信頼、神への信頼」。仏教用語(真宗)で言い替えれば「往相回向」「還相回向」を連想させる思考様式)という事でしょう。
「病気」から解放されたのです(たとえ、肉体は病のままであったとしても)。

3、この物語には中心が二つあります。第一はイエスの奇跡。第二は罪の許しに関するイエスの言葉(8-9)。第二の動機は、元来の奇跡物語に、二次的に持ち込まれたものです。この後半部分は、イエスと律法学者との論争がテーマになっています。「罪の許し」が「神を冒涜する」事だとは、律法解釈からのものです。イエスの律法学者への挑戦があります。病気そのもの以上に社会的・宗教的な病気への意味付けからの解放を宣言しているのです。
「床を担いで家に帰る」という出来事が大事なので、わざわざ律法学者を刺激することは、福音書記者の意図が「十字架に至る」道程を意識した編集と感じられます。マルコ福音書のイエスの生涯と業の部分は、既に伝承として纏められていた「受難物語」(11章以下)の序章の意味を含んでいます。


マルコ福音書 2章1-12節
数日後、イエスが再びカファルナウムに来られると、家におられることが知れ渡り、大勢の人が集まったので、戸口の辺りまですきまもないほどになった。イエスが御言葉を語っておられると、四人の男が中風の人を運んで来た。しかし、群衆に阻まれて、イエスのもとに連れて行くことができなかったので、イエスがおられる辺りの屋根をはがして穴をあけ、病人の寝ている床をつり降ろした。イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた。ところが、そこに律法学者が数人座っていて、心の中であれこれと考えた。「この人は、なぜこういうことを口にするのか。神を冒涜している。神おひとりのほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」イエスは、彼らが心の中で考えていることを、御自分の霊の力ですぐに知って言われた。「なぜ、そんな考えを心に抱くのか。中風の人に『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて、床を担いで歩け』と言うのと、どちらが易しいか。人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。」そして、中風の人に言われた。「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい。」その人は起き上がり、すぐに床を担いで、皆の見ている前を出て行った。人々は皆驚き、「このようなことは、今まで見たことがない」と言って、神を賛美した。