わたしはまことのぶどうの木 − 命の繋がり方(2012 ヨハネ ⑤)

2012.6.27、湘南とつかYMCA “やさしく学ぶ聖書の集い”
「現代社会に生きる聖書の言葉」第38回、「新約聖書ヨハネ福音書の言葉から」⑤

ヨハネ福音書 15章1節ー10節

1.伝達の問題(おさらい)。三つの伝達方法について。

叙述言語(説明言語)。普通物事を伝えるのに使われる表現。「これはリンゴである」「リンゴは赤い」など。宗教の場合は、教理、教義の説明。あるいはそれについての思考。神学という。神学部に学ぶと、その専攻が様々に別れている。「組織神学・教義学」「歴史神学」「聖書神学」「実践神学」など。これによってキリスト教のあらましを把握することが出来る。聖書についての学びもほとんどがこの方法による。さらにこの方法には、関連する社会科学・人文科学・歴史学・文学などが援用される。

人格言語。人格と人格の間で、相互に主体的な伝達がなされる場合の手段。意志の伝達の手段。そこでは人格と人格の信頼関係がないと伝達されない。例えば「叱る」という事柄は、信頼があって受け止められて意味があるが、信頼の中で受け止められないと空振りに終わる。伝達の失敗が残る。

象徴言語。あるもの(存在)、ある出来事(事件)、芸術作品などが、それ自体の意味とは別に、説明や人格の言語世界を超えた出来事として、象徴的意味をもって主体への真理性を喚起することを総称して言う。受け取る主体との関わりで言語的意味をもつ出来事を言う。聖書ではよく使われている。例えば「野の花をみよ」という場合の「花」は典型的な象徴言語である。と同時にその文言は人格言語でもある。これを「自然は信仰の教師である」(キェルケゴール)と言えば説明言語になる。

2.ヨハネ福音書自体は、福音書という文学的作品であり、その中にはヨハネの神学が出てくる。

例えば「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ 3:16)などは典型的な神学である。

 一方で「わたしはまことのぶどうの木」(ヨハネ 15:1)という場合の「ぶどうの木」は象徴言語である。これに「わたしの父は農夫である」が付加すれば、この部分は「譬え」になる。

「譬え」は広い意味で文学であり、文学は象徴性の高い言語活動である。

3.この象徴言語が用いられるには、聞き手の「前理解」が前提されている。それは「パレスチナの風土は葡萄を育んで来た文化を持っている」ということにある。

 聖書には「葡萄」が象徴として多数出てくる(葡萄園、葡萄酒、葡萄畑)。それが実際的な話であれ、譬え話であれ、ぶどうを日常生活の基盤としている経験・思考・感性が前提されている。ぶどうは主要な農業生産物であり、輸出産業でもある。

 すでに、階層分化が固定されており、葡萄園を巡っては、大土地所有者の地主、管理者、日雇い労働者があった。他方、自作農では、自家経済の産業であったし、自家消費の産物であった。葡萄を作る苦労は、実際働く者には、生活の経験であった。実を結ぶための剪定、実を結ぶ枝が木(幹)に繋がっているその状況などは、生活経験のうちにあった。

 それをべースにして、そのつながり方が「愛にとどまる」(ヨハネ15:9)こと、「掟を守る」(15:10)こととして説明され、あるいは人格的呼び掛けとして語られているが、ここの「前理解」は「ぶどうの木」が持っている、生命的豊かさ、実を結ぶ力、枝と幹の関係の感性的受容、そして農夫の存在と役割の全体が象徴的意味を持っている。

「取り除く」「手いれをする」(15:2)などの農作業が象徴することを寓意的に神学的に説明することよりも、「ぶどうの木」という象徴性を含めてヨハネ福音書を読むことが大事なのではないか。

4.ヨハネ15章の思い出

 画家・小磯良平は、聖書「ぶどうの木」のイメージをこよなく愛した。アトリエの窓際に「ぶどう」を植えて楽しんでいた。彼の母が亡くなった後、ぶどうの絵皿を作品にして自分の教会(神戸教会)に寄贈した。

 記念美術館では小磯グッズに「ぶどうの絵皿」を置いている。

 私の友人に「農夫彦」君という名前の人がいた。父は開拓農民で、若い時にキリスト教に触れて、賀川豊彦の農民福音学校で日本の農村に生きる力をもって、後に自分の村に教会を建設する礎になった人であった。子供の名前をヨハネ15章から取ってつけた、彼はそのことを誇りに思い、終生農業にこだわって生きた。

(サイト記)「友人・農夫彦君」とは、上掲写真(2012年)、健作さんの左隣「兼松農夫彦さん」。中濃教会(旧坂祝教会)教会員。兼松農夫彦さんの父・兼松沢一さんが、健作さんの父・岩井文男牧師を坂祝教会に招聘した頃の様子は「戦後の農村へ ー 僕らの村の使徒行伝」三品進(1984 引用)。また坂祝教会の初期の様子は「岩井文男と賀川豊彦の農民福音学校(2012 賀川豊彦学会)」。

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夜 − 実存に目覚める時(2012 ヨハネ ⑥)