男と女、神の似姿(2009 礼拝説教・コヘレト)

2009.6.7、明治学院教会(157)聖霊降臨 ②

(単立明治学院教会牧師 5年目、健作さん75歳)

コヘレト 7:23-29マルコ 10:6-9

”神は人間をまっすぐに造られた”(コヘレトの言葉 7:29、新共同訳)

1.今日お読みいただいた、マルコ福音書 10:6〜9節のところは、よく結婚式で朗読される聖書のテキストである。

 男と女の対等性、「人は父母を離れて」という自立性、「二人は一体となる」という共同性をよく表し、「神が結びあわせたものを人は離してはならない」とは、当時、律法を自分に引き寄せて都合よく解釈し、安易な離婚をしたファリサイ派をイエスが厳しく批判した言説である。

「男と女」の関係は、神の想像の秩序(創世記 1:27)に属し、「神の似姿」を宿している。

 相互主体の関係存在として祝福されていることをよく言い表したテキストである。いわば、聖書では大切なテキストである。

 しかし、このテキストが諸刃の剣となって性的少数者(セクシャル・マイノリティー)を差別しているとは、身近な同性愛者の牧師の友人の話である。今のキリスト教界の現実であろうか。

2.性は「男か女か」では分類できない。

① Sex、セックス(生物学的・医学的な性、性別、”生まれつき”の性)
② Gender、ジェンダー(社会的・文化的性、文法の性、”生まれてから後に与えられた”性、男らしさ・女らしさ)
③ Sexuality、セクシャリティ(男か女かに2分できない性、同性愛、性同一性障害、トランス•セクシャル、バイ•セクシャル、”自分らしさ”としての性、”自分で選び取った”性)

3.朝日新聞(2007.9.9-23、3回連載「家族 − 性を超えて」)の土肥いつきさん(45)のこと。

 高校の数学の教師、生徒から慕われている。家庭はパートナーの淳子さんと15歳の息子と10歳の娘がいる。

 性同一性障害に悩み、9年ほど前にその妻にそのことを告げる、淳子さんは天地がひっくり返るほどびっくり、私の謙一郎を返して、と苦しんだという。

 しかし、それから徐々に周囲の協力により、自分のセクシャリティーに生きるようになる。名前も裁判所の決定で「謙一郎から”いつき”へ」。

 女性ホルモン投与も開始、その経過がリポートされている。いつきさんの御父君は同志社大学神学部キリスト教史の教授。御子息から性同一性障害を告白されたのは70歳半ばであったという。

4.コヘレトは7章23節以下で、イスラエル民族の女性差別の歴史と現実を的確に把握する。

「死よりも、罠よりも、苦い女」(コヘレト 7:26)
「千人に一人として、良い女は見いださなかった」(コヘレト 7:28)

 この現実を「神は人間をまっすぐに造られた」(7:29)の一句で批判する。

”神は人間をまっすぐに造られた”(コヘレトの言葉 7:29、新共同訳)

「まっすぐ(ヤーシャル)」は「意のままに、気に入る、心に適う、心のまま、正しい、良い、まっすぐ」という意味。

 趣意は創世記と変わらない。

”神は御自分にかたどって人を創造された”(創世記 1:27、新共同訳)

「神は御自分の意にかなうように人を創造された」と捉える。

 男か女かという二分法を超えている。ここに目を留めたい。「神の意のまま」とは、男と女の対等性、それぞれの自立性、その上で終末論的意味での共同性があるだろう。

 セクシャル•マイノリティーは3%ぐらいいるという。「性差別」の問題に目覚め、暖かい生き方をする教会でありたい。

157-2200607

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