エズラ、律法を人々に読む(2009 小磯良平 ⑬)

2009.1.7、湘南とつかYMCA “やさしく学ぶ聖書の集い”
「洋画家 小磯良平の聖書のさし絵から聖書を学ぶ」⑬

画像は小磯良平画伯「モーセの律法の朗読」をパシャ。
聖書の風景』でのタイトルは小磯画タイトルに沿っている。

(明治学院教会牧師、健作さん75歳、『聖書の風景 − 小磯良平の聖書挿絵』出版10年前)

ネヘミヤ記 8:1-18

 前回の挿絵は「カルメル山上のエリヤ」であった。ヤハウェの預言者エリヤと、異邦カナンの神バアルを北王国に持ち込んだ王アハブとその預言者との、対決の場面であった。今日の場面はそれから400年余り経たお話である。その間、イスラエルの歴史には、実にいろいろな事が起こった。

 まず記憶しなければならないのは、イスラエル民族の歴史にとって決定的な出来事、国家の滅亡である。以後、政治的に独立した民族は消滅したのである。

 あのアハブの国、北王国イスラエルは紀元前722年に、アッシリヤ帝国によって滅ぼされた。その根源的問題を歴史家は後々、王国や支配層・指導者のヤハウェへの背信と解釈している。

 その間、それを糺す預言者の活動があった。エリヤに続いて、エリシャ、アモス(アモス書)、ホセア(ホセア書)。

 同じ頃、南王国ユダでは10代目の王ウジヤの時代に預言者イザヤの活動(イザヤ書)があった。いずれも王と指導者層の背信と腐敗を糾すことは出来ず、近隣に起こり来った諸帝国によって滅ぼされた。しかし、その帝国アッシリヤは(紀元前625年に独立して間もない)バビロニア(カルディヤ)帝国によって、紀元前609年、滅ぼされてしまった。

 その頃、南のユダでは預言者エレミヤが活動した。それは凄まじいものであった(エレミヤ書)。ルネッサンス期の彫刻家ミケランジェロの作品に「エレミヤ」がある。

 そして南王国ユダも、紀元前587年、バビロニア帝国によって滅ぼされた。この出来事でユダは三度に渉って、国の主だった指導者はバビロンに補囚として連れ去られた。

 補囚の地で活動した預言者はエゼキエル(エゼキエル書)である。彼は望郷と神殿を中心とするイスラエルの回復の幻を見た。さらにその頃、時代の転換を告げる預言者第二イザヤ(イザヤ書 40-55章)が活動をした。時代は目まぐるしく移り変わり、新しく勃興したペルシャ帝国王クロスがバビロニアを征服して、前538年、メソポタミア、パレスチナを支配した。

 クロスはその年、勅令を出し(エズラ書 1:1-4)、ユダの補囚民に帰還と神殿建設を許可した。

 帰還の民の現実は厳しいものがあった。その道は帝国の政治的支配のなかで、宗教的教団民族(ユダヤ教団)として生きてゆく道を探ることであった。

 ネヘミヤ(王の献酌官)はアルタクセルクセス一世王からエルサレム総督に任じられ、エルサレム城壁の再建を成功させた。

 その働きに支えられ、ペルシャ宮殿でユダヤ人の諸問題を担当する書記官であったエズラはユダヤ人共同体の諸問題を整理する任務を与えられ、帰還者に同伴してエルサレムに帰り、その年の新年に帰還の民に(祭司として)律法を朗読し(ネヘミヤ記 8章)、仮庵の祭りを守らせ、祭儀法規を含め、律法への服従に規定された新しい生き方を民に示した。ここが今回の挿絵である。

 小磯さんの挿絵には、真ん中にエズラが立って律法を朗読している。

 エズラの眼は「律法の書」に視線があり、手は高く会衆に向けられている。

 背後の空間は「水の門」である。

 エズラが立っているのは「木の壇」(ネヘミヤ 8:4)であろう。ここにはユダヤ教初期会堂(シナゴーグ)での典礼の反映があるという。そして「民は皆、律法の言葉を聞いて泣いた」(ネヘミヤ 8:9)とある。左下に座っている人の表情がそれを示しているのであろうか。

 総督ネヘミヤと、祭司であり書記官であるエズラは、律法の説明に当たったレビ人と共に、民全員に言った。「今日は、あなたたちの神、主にささげられた聖なる日だ。嘆いたり、泣いたりしてはならない。」民は皆、律法の言葉を聞いて泣いていた。(ネヘミヤ記 8:9、新共同訳)

 背景にはエルサレムの第二神殿(前516完成)が堂々と描かれている。

 国家が滅亡して、神殿と律法の二つの柱で支えられたユダヤ教、教団民族が暗示された一枚である。

 さて、この絵についていろいろ思い巡らしているうちに、なぜ小磯さんは歴史を400年余り飛ばして、聖書の挿絵を書いたのであろうか、と思案した。

 旧約聖書では「預言者」の働きといえば、ある意味では中心的テーマである。

 聖書協会側で例となる70枚の図版が示されたというが、その中に預言者の場面が一枚も入っていなかったことはないであろう、と思う。

 預言者は活動は言葉の営みであるから、画家のイメージに触れにくかったかもしれない。預言者の活動は激しい場面が多いので、穏やかな小磯さんには少し疎遠であったかもしれない。想像は続く。

 それにしても、あまり読まれないエズラ・ネヘミヤ(これはもともと一書であったという説がある)という文書に光を当てていることは、挿絵の役目を十分に果たしている。

 それにしても「預言者」という聖書の山場をトンネルで一気に通過したような思いがなくはない。

 このあたりのことがよくまとめられている参考書では、木田献一著『旧約聖書概説』(聖文舎「信徒のための聖書講解 − 旧約第20巻」1980)がある。

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洋画家・小磯良平の聖書のさし絵から聖書を学ぶ

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