ぶどう園の労働者(2008 礼拝説教)

2008.5.4、マタイ20章1-16節、
「今日の説教、聴き手のために」明治学院教会(112)

ぶどう園の労働者

明治学院教会牧師 74歳

マタイ福音書 20章1節-16節

1、(一週間遅れで)「労働聖日(働く人の日)」(日本基督教団の教会行事暦 1959年制定)のテーマです。この教会行事暦の制定の背景にあったもの。
 ① 戦後キリスト教ブームの終焉から、社会的視野へと宣教が拡大。
 ② 労働運動の進展が背景にある。
 ③ 格差、失業、貧困の顕在化。
 ④ メーデーへの呼応。

2、「ぶどう園の労働者」の「イエスの譬え」 からの問題提起を聴く。
(マタイ独自記事)

天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけて行った。主人は、一日につき1デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った。また9時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、「あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう」と言った。それで、その人たちは出かけて行った。主人は、12時ごろと3時ごろにまた出て行き、同じようにした。5時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、「なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか」と尋ねると、彼らは、「だれも雇ってくれないのです」と言った。主人は彼らに、「あなたたちもぶどう園に行きなさい」と言った。夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、「労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい」と言った。そこで、5時ごろに雇われた人たちが来て、1デナリオンずつ受け取った。最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも1デナリオンずつであった。それで、受け取ると、主人に不平を言った。「最後に来たこの連中は、1時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。」主人はその一人に答えた。「友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと1デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。」このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。

マタイ福音書 20章1-16節

3、この譬えの受け取り方の実例。ある大学の教師が「人権問題(健康保険、社会保障、生活保護制度)」の基礎として、この譬えの意味について話をした時、女子大生の反応。

 「こんなのおかしい」(多数)

 「最低限のものの平等は大事」
 「イエスさまの理想?」
 「これって、神の恵みの事?」(宗教的見方をする人)
 「いつの世も雇用は厳しい」
 「農園所有者と日雇いの格差は昔からあった」(経済の現実を見る)

4、テキストの構成。3幕もの(1節前半、16節は編集者マタイの付加)。
① 労働者の募集と雇用(1節後半-7節)
② 賃金の支払い方による問題提起、論争と挑発、法は順守されつつ、不可解な撹乱、常識への問い、もう一つの人間の違ったあり方(位相)への認識の促し(8-10節)。
③ 結び:農場主の意思。
 農場主の法的に彼の権限内にある自己財産の処分権、贈り物への意思(11-15節)。
 (参考)1 デナリは当時の一日の賃金。

5、譬えの促す二つの方向。

5-A、一方では、現実の労働で正規に雇われ契約を結ぶ者がいる。他方、雇われない者がいるという不合理を取り上げ、現実がかくあれば、と不合理の是正に取り組む促しの方向へと話が伸びる(現代の社会保障制度の考え方の原形。自由競争主義ではない考え方)。ユダヤ教には民族の中で助け合いの精神があった(落ち穂拾いの権利)など。

5-B、他方で神(ここでは主人)は慈悲深いこと。
 「神の絶対の恵み」「愛の可能性」「劣者の尊重」を告げる宗教的信仰へと伸びる(後の大方のキリスト教はこの線で理解。パウロの信仰義認を観念的に理解するように)。

6、マタイ福音書は、この譬えに「後にいる者が先になり、先の者が後になる」(15:30、16:16)の句を加えた。つまり、弟子たちのイエスへの無理解を戒めるための話に位置付け「教訓」にしてしまった。元来、イエスが社会的・経済的文脈で語った話を、違う文脈の話にした。このような恣意的読みは避けねばならない。

7、「1デナリ」を神の前の「いのち」の平等、失われてはならない固有の人格、人権、すなわち「恵みの出来事」と受け取ることを確保した上で(しかしこれを内面的信仰の安心にしないで)、現実社会への厳しい批判にまで突き抜けさせているこの「譬え」の鋭さを十分捉え、両面で読み取ることが大事。現代の「新自由主義、市場原理主義」の価値観を克服してゆく拠り所として、「1デナリ」の温かみを受け、かつ現実批判の力をくみ取りたい。「主イエスの道」(讃美歌21-370「おもいもことばも」)を歩みたい。