ぶどう園の労働者のたとえ(2007 聖書の集い)

2007.8.29 「福音書の中のイエスの譬え話」第1回
湘南とつかYMCA「聖書の集い」

(明治学院教会牧師 74歳)

(サイト記)現在、企画の案内文しか見つかっていません。本文が見つかればアップします。

マタイ福音書 20章1節−16節「ぶどう園の労働者」のたとえ

 私たちが手にしている聖書の新約聖書の中には「イエスの譬え」として伝えられているものが少なく見ても40以上あります。すべて当時の具体的な生活状況の中で語られています。聞き手は農民や漁民だったのでしょうか。余り理屈っぽいところはなくて、分かりやすいお話です。一面、聞き手を優しく包み込む暖かさがありますが、同時に、襟を正させる鋭さがあります。その幾つかを学ぶことで、聖書に親しみ、また現代の生活への示唆を得たいと思います。

 マタイ福音書20章1節から16節を読んで、素朴にどんな事をイメージし、また、感じることでしょうか。例えば、ある女子大でのみなさんの感想は次のようなものでした。

「朝から働いた人も、夕方だけ働いた人も同じ賃金なんて、こんなのおかしいと思います。」(大多数)
「生きていく最低限のものが平等だと考えることって、とても大事だと思います。」
「これって、神の恵みの事を言ってるんじゃないですか。譬えですから。現実の雇用の事じゃなくて……。」
「お話ししたイエスさまは、こういう社会が来ればよいと願ってお話ししたのかしら?」
「いつの時代も雇用状態って厳しいんですね。」
「土地を持っている農園所有者は大金持ちですよね。ブドウはブドウ酒にして販売したんでしょうかね。輸出なんか盛んだったんですか?」

 さて、皆様は?一度お出になって見ませんか。