舞台裏のシナリオ(2007 礼拝説教・出エジプト)

2007.8.19、明治学院教会(84)、聖霊降臨節 ⑬

(牧会49年、単立明治学院教会牧師 2年目、健作さん74歳)

出エジプト記 33:12-17

1.出エジプト記は、奴隷の状態であったイスラエル民族を、モーセが神の召命を受けて、「脱出」へと導く物語です。

 三つのことを学びます。

(1)「脱出」のシナリオの作者は誰か。

 奴隷のうめきを聞いて行動を起こすのは「神ヤハウェ」です(出エジプト 2:23-3:10、特に2:23-25)。

(2)舞台を演じる役目は誰か。

 奔放で背信のイスラエル民族です。「神の力」と「エジプトの力」との綱引きを演じます(出エジプト 14:10-14)。

(3)指導者モーセはその綱引きの間で、悩む役割を演じます。

2.「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。(3:12)」は物語の主旋律です。

 でも、今日のこの箇所でもなお(33:12)モーセは神に「共に遣わされる者をお示しになりません」と文句を言います。

3.出エジプトは、巨大な国家体制からの自由の獲得でした。

 荒野の放浪は、国家と最も離れているところ、周辺や辺境での在り方を象徴しています。

 この放浪は、イスラエル民族をして、専制君主の力には依らない生き方を学ぶ学校あるいは道場であったのです。

 預言者の系譜をひく歴史家たちは、民を率いて悩むモーセを舞台の表に登場させました。彼は民衆の「肉鍋の傍らに」(16:13)という郷愁と戦いました。

 これは出エジプト記の大きなテーマの一つです。

4.門脇禎二さんの追悼記事(6月12日没)を朝日新聞で見ました。

 専門は日本古代史。「地域王国論」「大化の改新否定論」など、中央の大和朝廷から見る通説の歴史観を疑った人です。京都府立大学や橘大学の学長の激務にあっても、学生との対話を大切にし、色々な世話役を買って出た方だとありました。

 その背景には、中国での兵役、病気で日本軍から見放され、死地を彷徨い、中国捕虜生活をして国家というものを疑いの目で見る視点があったと言われています。死ぬまで、改憲や国民投票法の動きに敏感で、「戦争ができる国」を心配した旅路であったと記してありました。

5.加藤周一氏は「出エジプト」について書いた文章の中で「人間の作る歴史が、始めがあり、終わりのある有限の時間の中で、一定の方向に性に進む非可逆的過程の徴(しるし)」であると述べています。

 歴史は戻れない道を進んで行くというのです。

 その道程は、失敗・裁き・励まし・赦しを含めて、繰り返しのきかない日々です。

 しかし、そこで神ご自身が同行者であるからこそ、悩むことが許されているのです。

 舞台の面では、失敗ばかりが目につき、悩みが覆う歩みでも、舞台裏のシナリオは、はっきりあるのです。

 それを信じつつ舞台を演じるのが、聖書の信仰に生きることであります。


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