改めて”歴史に生きる教会”とは(2005 宣教学 ㊴)

2005.1.16、西宮公同教会、関西神学塾、「岩井健作」の宣教学 ㊴

(日本基督教団教師、鎌倉在住、71歳、上の写真は1999年インド)

1.はじめに

1−1.今日は1月16日、「宣教学」で取り上げるべきテーマはひしめいている。

 阪神淡路大震災の十年。インドネシア・スマトラ島沖地震。多数の人の不条理の死への想い。イラクへのアメリカの侵略の状況は巧妙に激化、その住民の苦難への想い。新潟・中越地震の諸教会支援。沖縄・辺野古のヘリポート建設阻止運動支援等。緊急な宣教課題は身の回りに多い。

1−2.前々回《「岩井健作」の宣教学 ㊲ 「『求め、すすめる会』が生まれました。」(2004/11/14)》は日本基督教団第34回(合同後19回)総会で「沖縄教区は日本基督教団に距離をおく」と総会議員を選出しなかった沖縄教区のスタンスに「本土教会」はどのように応えるかを取り上げた。総会を契機とした有志の呼び掛けの自発的運動である。そこでは「歴史を生きる教会」を志す信徒・教職の意思が動いた。

 事務局長の府上氏から、事務局を担って下さる方々の意見が届いた。それは「歴史を生きる教会を求めて − 沖縄から米軍基地撤去を求めるキリスト者連絡会」という当初の問題意識は鮮明であるが、岩井が世話人(代表)を引き受けた後、会の性格についての変更を求めた点については十分な理解が得られていないとの報である。これは「発会集会での基地撤去ともう一つの課題とはどのように結びつくのか?」という疑問に依る。教団は「日本基督教団と沖縄キリスト教団との合同のとらえなおし」の問題で現在隘路にある。この課題は分かりにくく、教団の中で齟齬は大きくなり、ますます深い溝が出来てしまっている。「基地撤去」は、反戦平和を求める趣旨からも、また安保条約下にあって米国の世界戦略に追従する日本政府下の民衆の立場からも、平和への独自外交の貢献を求め、武力侵略の加害者にならないためにも、米軍基地の集中する沖縄の基地撤去運動への連帯は、市民的課題としても明確である。

「歴史に生きる教会」はここを求めなければならない。しかし、もう一つの課題は、それとどう関係するのであろう。教会会議の手続きが主な作業となる「合同のとらえなおし」は行き詰まりを感じさせ、もはや、教会としての教団を「歴史に生きる教会」として変革していく手掛かりとしてのテーマになり得るのかという疑問を事務局に奉仕される方々は持っていた。しかし事態は、これ以前に、私は再度運動参加者への手紙を事務局から送ってもらい、会にもう一つの焦点を持ち込むことを訴え、その了承を求めていた。しかし、大きな意見の違いは今のところ、事務局へも寄せられてはいないので、大方は了承されたと思っている。そこで、事務局の方たちと話し合いをもって、この第34回(合同後19回)総会期の運動が二つの焦点を持つことの意味を話しあい了解を求めた。「基地撤去」と「合同とらえなおし」この二つが大きくは「歴史を生きる教会」の範疇であるとの共通認識を得ることが出来た。

 そこで改めて「歴史を生きる教会」とは何か、それに向かって具体的に事柄をすすめるとはどのような事かを考えてみたい。

2.「歴史を生きる教会」で視野に入れておくべき事柄

2−1.歴史とは

「過去の光に照らして現在を学ぶ」「現在の光に照らして過去を学ぶ」(E.H.カー『歴史とは何か』)こと。過去を現在から解釈することではない。まして、ある観念形態(例えば「救済史観」「皇国史観」「唯物史観」など)のなかに過去の出来事を取り込むことではない。むしろ過去の出来事を歴史の証言として検証することである(参照『歴史の証言』土肥昭夫著)。

 本土と沖縄は歴史を異にする。少なくとも、沖縄と本土との関係史をわきまえない限り、「日本の教会」は歴史を生きる教会にはなり得ない。関係史のなかに「とらえなおし」は位置付けられる。

2−2.生きるとは

 事柄が「教会」に関する限り、イエスがどう生きられたかを外すことは出来ない。イエスの言説。
1)失われた羊(ルカ 15:4)
2)最も小さい者の一人に(マタイ 25:34-45)
3)招かれた客たち(ルカ 14:15-20)
4)よきサマリア人(ルカ 10:30-36)
5)葡萄園の労働者(マタイ 20:1-15)
6)ラザロと金持ち(ルカ 16:19-26)

 これらは聖書学研究者の指摘するイエスに由来する言説である。これらにみられるイエスの生き方、さらには十字架の死に極まる生涯の意味を探ることを通して、その視座から、歴史の中のもろもろの生を計り、また、現在の現実を生きる生き方を思い巡らすのが「教会」であろう。

2−3.教会とは

 教会は「神に」招かれたもの達の「集い」(エクレシア=語源 “ek-kareo”、呼び出される)。集いの在り方(共同性)の二つのタイプ(マルコ 10章)。

① 閉ざされた集団志向(いちばん上になりたい。民を支配。偉い人達が権力を振るっている。)。
② 開かれた集団志向(すべての人の僕になる。仕えるために。自分の命を捧げるために。互いに足を洗う[ヨハネ])。
「解放の神学」の中ノ瀬重之神父(ブラジル在住)の表現を借りれば閉ざされた集いの教会は△三角で象徴される。開かれた集いの教会は○丸で象徴される。
 具体的に、我々が「教会」という場合、この二つの方向のきしみ合いから、現実の教会の営みを観る必要がある。

 日本基督教団の場合、教団レベル、教区レベル、各個教会レベルを分けて考えることが大事ではないか。特に、日本基督教団全体の体質は、各個教会の体質という基礎から考えられるべきであり、その逆ではない。それにしては、各個教会で「合同のとらえなおし」が進んでいないのはなぜか。それは「戦争責任」の歴史的自覚の不足に由来するし、「福音」の共同性の理解の「周辺・下方切り捨て」に拠る。

3.『歴史の証言 − 日本プロテスタント・キリスト教史より』(土肥昭夫 教文館 2004/6/25)から学ぶもの。

3−1.本書は「斯の第一人者による渾身の著」と帯にあるように近代日本のプロテスタント史を幅広く研究してきた著者が、日本の将来の教会のあるべき姿を探るために、貴重な遺産として語り継ぐべきもの、また心に刻み付けるものを「歴史の証言」として纏めたものである。特に著者の属する日本基督教団に関する論考は、我々が改めて歴史に生きる教会を語り、目指す時に、論議のよるべき指針となるであろう。また、この論考の背後には、著者が編集委員の一人として参加し、むしろ主導したと思われる『日本基督教団史資料集』五巻(教団宣教研究所発行、教団出版局、1997-2001)が資料としてあることは、この論考を一層価値あらしめてある。著者は、我々の「歴史を生きる教会」という視点からいえば、教会が信条や信仰告白によって自己完結的であることを批判し、教会が歴史との関わりで自己の罪責を認め、悔い改めつつ、それでもなお人間の解放を求めて辛苦する営みにつながろうとする歩みを評価して、教会の歴史を観ることを促す。それは大きな励ましである。
(以下は上掲書の教団関係論文に対応する)

3−2.「日本基督教団成立をめぐる諸教派の対応」(第三章)

 建て前としていわれた諸要素はあったが「根底に、危機に直面した組織の防衛本能あるいは自己保存意識が潜在していたことを指摘」(p.111)した論文。

3−3.「日本基督教団史論」(第四章)

 1967年『日本基督教団教団史』は資料不足と歴史解釈が自己弁護的であった。それを批判克服する意義をもつ労作。まえがきで、これが『資料集』(前出)に基づくものであることがのべられ、以下の七項目の区分で纏められている。

1)戦時下の成立とその活動
2)戦後の再編
3)伝道体制の進展
4)革新への胎動(この時期は1950年代から1960年代。教会の体質改善、伝道圏伝道が宣教基本方策によって打ち出され「世に仕える教会」が求められ、第14回総会では「社会活動基本方針」が可決され、靖国問題特別委員会が設置された。しかし著者は「教団がどれだけ立派な方策や方針をうち出しても、そういう事では動かない教会の体質があった」と分析する。その頃の教団の「戦責告白」、それによる亀裂の5人委員会による収拾、韓国教会との協約、清鈴園建設、赤岩問題等の動きが的確に記されている)
5)混迷と停滞
 日本万国博参加問題と東京神学大学問題(もっとも激動の時代が扱われる。一方からいえば「紛争」であり、他方からは「闘争」である一連の動きはその後の教団に埋め難い溝を残した)
6)混迷と停滞
 教師検定問題と信仰告白問題(この時代への評価は「信仰告白に関するステートメント」をどう理解するかにかかっているが、著者は聖書学の位置付けの問題としてこれに反論を書いている)
7)模索と挑戦、およびその反動(ここでは70年代から現代までが扱われる。
① 対話路線とその崩壊
② 聖書の読み直し、福音理解、「社会活動基本方針の再検討」。個別問題への取り組み ー 部落解放、性差別問題特別委員会、北海教区のアイヌ民族情報センター等。
③ 過去の罪責の告白、第6部・第9部への謝罪。「慰安婦」問題への取り組み。日韓連帯委員会、靖国情報センター設置。
④ 日本の右傾化への警鐘、首相の靖国公式参拝違憲訴訟等多数の違憲訴訟活動。元号法制化反対。国家国旗法反対。軍事化の波に対する反対声明、「周辺事態法」、ガイドライン3法。
 これらの動きに対して、教団の多くの教会は天皇制への言及が伝道の妨げになるとの意識から、財政赤字に事寄せて「情報センター」を廃絶に追い込んだ。「このような自己防衛、自己保身の意識……こそが戦時下の教団の過ちの元凶であった」(p.163)とこの論考を結ぶ。

3−4.「日本基督教団信仰告白の成立について」(第五章)

 詳しい成立の経緯の根本に戦時下「教義ノ大要」に基づき「皇運ヲ扶翼シ奉ル」としたことへの自責の思いがないことが厳しく指摘される。

3−5.「現代日本における教会と国家」(第六章)

3−6.「日本基督教団と沖縄キリスト教団の合同のとらえなおしと実質化の問題について」(第七章)

 著者は「合同のとらえなおし」を教団の歴史として取り上げる。このことは「合同のとらえなおし」を事柄としては認めず、教団の教会的出来事から抹殺しようとする「正常化正統(福音)主義」の人々が「歴史に生きる教会」のもっとも現実的な問題として把握することを迫るものである。なぜなら、この論文には「合同のとらえなおし」に反対する人々の意見が取り上げられ、反論が加えられているからである。事柄の経緯は、総会議決を丁寧にたどって、筋道をおって記述されていて、この問題への歴史文献の価値を持つ。しかし、これらの資料は『資料集』にはまだない(教団総会議案報告書および議事録を参照)。特設委員会や各教区が独自に作成している「資料集」が貴重である。

 著者は今後について四つの課題を提示する。

① 合同は戦争・戦後責任の問題。
② 沖縄の主体性の弱さへの自己批判に見合う(旧)日本基督教団側の自己批判の必要。
③ 両者の歴史認識に最小限の合意が必要。
④「沖縄キリスト教団沿革」を現在の教憲教規に並列して入れる。

「とらえなおし」は全世界の公同の教会に連なるための試練である。

 筆者(岩井)は以上のことを視野に入れつつ、遅々としてすすまない現教団の制度機関に並行して、非制度の分野の教会的背景に立つ個人や各個教会のグループなどが包含されて「とらえなおし」を「すすめる」ことは、「歴史に生きる教会」の実体を形作ることになりうると信じる。

 レジメ作成後、辺野古への座り込みに参加を予定している。さらに論考を改めたい。

「求め、すすめる連絡会」インデックス

「岩井健作」の宣教学インデックス(2000-2014 宣教学)