麦、この福音的なるもの(2)

麦、この福音的なるもの(2)

2004年5月30日 早稲田教会 ペンテコステ礼拝説教
2005年版『地の基震い動く時』所収

ヨハネ福音書 12章20節-26節

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福音を告げる言語

 「麦」について、どんなイメージを描くでしょうか。千差万別でありましょう。また、それぞれのイメージも限りなく広がりを持つでしょう。ぜひ一人ひとりが、これを暖めておいてください。

 福音を語り告げる「言語」には、いくつかの特徴があります。「人格言語」「記述言語」そして「イメージ(を呼び覚ます)言語」です。プロテスタントは、言葉の宗教だと言われます。ともすると、それが「信仰告白言語」あるいは「神学言語」に偏りがちなところがあります。しかし、聖書そのものは、もう少し、幅の広い「言語様式」を宿しています。
 今日の箇所の「麦」も当然そのような含みを持っています。今日の箇所に、新共同訳聖書では「ギリシャ人、イエスに会いに来る」という見出しが付けてあります。
 選ばれた民イスラエルという宗教的特権者であり、「神の民」と言われている人がイエスを求めるのではなく、それとは無縁な「異邦人」であるギリシャ人がイエスを求めて来るという逆説がそこには示されています。20節の「祭り」はその最も宗教的な時、だがその「祭り」に本当の「神の子羊」の姿が欠けていることを言っているのです。十字架の死を通して人の罪を負い、底の底から救いをもたらす神の姿が見失われている、と批判しているのです。だが、接点はあります。ギリシャ名を持ったイエスの弟子フィリポとアンデレは出会いの通路となっています。
 「人の子が、栄光を受ける時が来た」
 これはイエスにとって十字架の死に赴く時が来たという意味です。

 ヨハネ福音書は文学的には三部構成になっています。
 その第一幕は1章から12章の終わりまでです。ここまでは「わたしの時はまだ来ない」(2:4, 7:6, 7:30, 8:20)と言っています。しかし、今や十字架の時がやってきたのです。このテキストは、どちらかと言えば、重いテキストです。イエスの栄光を、十字架の死そのものが栄光だ、という逆説を含んだテキストです。「死」を語っている箇所です。死ぬことなしで、救いを得ようとしている心鈍い者に語られたテキストです。
 「自分の命(プシュケー)を憎む(ミセオー)人は、それを保って永遠の命(ゾーエー)に至る」と語られているところです。「憎む」は共観福音書では「失う」ですが、ヨハネはわざわざ「憎む」と言っています。これは選択とか決断の問題を言っています。なかなか厳しいことです。ヨハネは、26節で「わたしに仕えようとする者は、わたしに従え」と「人格言語」で決断を迫ります。この聖書の箇所は全体としては「人格言語」なのです。でもそこに「麦」が象徴として出てくるのです。麦は、このテキストが言っている「死ぬこと」の強調として出てきます。

死ななければ

 「一粒の麦」の譬えも「厳しい」ほうに用いられています。新約聖書学者の八木誠一氏は、ここをこう訳しています。 「一粒の麦が地に落ちて、死ななければ」、我々が読んでいる聖書に比べると「も」という強調が一言入っています。地に落ちただけでは駄目なのです。「死ななければ」を極めて浮き立たせています。
 私には、この言葉が身に染みたことがあります。牧会10年目ぐらいの時です。多少経験もできて、いわば自信に満ちて、教会の宣教渤海に励みました。私は献身して牧師になったことは、良いことだと自分でも思っていました。世俗の道を選ばなかった、それにキリスト教の家に生まれて、4代目としてそれを持続していることは良いことだ、と知らないうちに自負の思いがありました。
 ある時、教会員の方に「先生はクリスチャンホームで、牧師の息子に育ち、同じような環境の奥さんと一緒になっていることが、伝道が下手な、ダメなところだ」という意味のことを告げられました。「日本の家族制度や封建遺制、村や仏教の檀家のしがらみが分からない、その中でがんじがらめになっている者の苦しみが分からない、そこが駄目なところだ」という内容だったと思います。
 もちろん、そこはどう言われても、自分で変えることができないところです。そこで、なるほど、と気がつきました。牧師になったことは、麦の種が地に落ちたまでだ、「地に落ちても死ななければ」と聖書は言っている、ここだと思いました。牧師にはなったけれど、相手の気持ちのために、自分の思いや行動に「死ぬこと」(すなわち、自己完結性を断念する)ができる牧者になっていなかったのだ、と気がつきました。
 それは大きな挫折をくぐり抜ける経験でした。福井達雨さん(同級生)が、医師はいても医者はいない、牧師はいても牧者がいない、教師がいても教育者がいない、と言っていたのを思い出しました。でも、その時の「落ち込み」から自分が支えられたのは「麦」のイメージでした。

 私が少年から多感な青年前期を過ごしたのは、農村です。父親の農村開拓自給伝道の牧師家族として経験した農村生活には、敗戦直後という時代の厳しさもあり、辛いことも多くありました。しかし、それ以上に、広大な自然の中で、農作物を作り、家畜を飼うという生活がもたらした豊かさは、私のものの考え方、聖書の理解の仕方、社会の見方などに決定的な影響をもたらしました。
 その当時、その地方の畑作農家(つまり田圃を持たずに、開拓された畑だけで生計を立てていた農民)は、春から夏はサツマ芋、秋から冬は小麦・大麦を作っていました。サツマ芋が労働と手間に対していかに価格が安いかを、身を以て知らされました。それは、私が、貧しい者と富める者ができてしまう、社会や経済の仕組みや構造を学ぶきっかけになりました。
 それに対して、裏作の麦は、逆に、種の持つ生命力、成長する力、収穫の豊かさなど、自然が育む感性を養われるものでした。それは、麦蒔きをするときの、種麦のふっくらとした感触や、凍てついた冬の麦畑に、青々を根を張る麦の逞しさ、そして春、麦秋の季節、黄色く実った麦の穂から、溢れるような麦の香りと口に入れた時の甘み、粉にした時、うどんやパンになった時の粘りや豊穣な味、それらは、忘れることのできない豊かな感性として与えられたものでした。これは、私の人生に神からの「所与の恵み」だと思っています。

「麦」のイメージ

 麦にまつわる、少年の日の思い出があります。
 その頃、アメリカの教会が日本基督教団の農村伝道を支援するというので、ヤギを送ってきました。我が家のヤギの飼育係は私になりました。毎朝学校に行く時に、草刈りをして餌をやり、乳を絞りました。草を探すのに苦労しました。ある時、青々とした近くの麦畑に農業用水路の建設の工事で、明日はその畑にブルドーザーが入ることを知りました。薄明かりの夕方、しめたと思って、用水の青麦を刈りました。開拓農民の人に捕まって「泥棒!」ともの凄くどやされました。「俺は地上物件まで売った覚えはない」ということでした。取り返しのつかない悪いことをした、と思いました。その農民のやるせない思いに気がつかなかったのです。自分の「罪」を知り、愕然として、地に頭をつけて「神様許してください」と祈りました。
 この件は、後で母親が鶏卵を籠いっぱい持って一緒に謝りに行ってくれて、ケリがつきました。母親の執り成しのありがたさを知りました。礼拝で聴く「あがない」という言葉が身にしみました。
 ヤギは日中、鎖で近くの山の草むらにつないでいましたが、ある日学校から帰ったら、お前のつなぎ方が悪かったので、斜面から足を滑らせたヤギは首を吊って死んだ、と親父が言うのです。ヤギ小屋には、ヤギの餌に混ぜる小麦を製粉した後の滓(ふすま)が、なんとも虚しく残っていました。なんとも言えない罪責の思いに襲われました。妙に信仰告白文の「我らの贖いとなり給えり」という言葉が身に染みました。
 この「麦」のイメージは、ヨハネ福音書では、死と同時に命や復活へとつなげてくれます。このテキストは厳しい死を語っていながら、暗く重たい閉塞に向かわせるのではなく、命や復活を同時に暗示しています。想像力によって開かれた世界へと拡げます。

 今日「麦」ということで、どんなイメージを拡げることができるでしょうか。それは直ちに私たちを食糧の問題へと想像力を促します。「南北問題」に引き出されます。少し乱暴な言い方をすれば、南の貧しさの上に、世界の経済を成り立たせているのが、力のアメリカが支配するグローバリゼーションです。
 なぜ、日本から麦畑がなくなってしまったのでしょうか。
 採算が合わないのです。極めて現代的なイメージです。
 「麦」という「イメージ言語」、この象徴言語には、聖書の福音の中心が込められているような気がします。
 どれだけ多くの人と、このような象徴言語、「イメージ言語」を共有できるでしょうか。
 それは地球規模で、人が心をつなげなければならない課題であるかと思います。

 実は、私は鎌倉から東京にここ一年よく来ました。多くが、イラク戦争反対、自衛隊撤兵のデモのためです。
“ONLY THE PEOPLE CAN STOP THE WAR”
(民衆だけが戦争を止めることができる)
 というアメリカの平和団体のスローガンに励まされました。

 「ピープル」は幻の象徴言語です。そこに象徴性があるが故に、力を持っています。「ピープル」でどれだけの人をイメージできるか、これからの宣教の豊かさであろうと存じます。

 祈ります。

 神さま、今日は敬愛する早稲田教会の皆さんと礼拝が守れて感謝します。この教会を、私たちの教団の中での、希望となさしめてください。この週の一人一人の生活を祝福してください。主イエスのみ名によって祈ります。アーメン


(サイト追記)日本キリスト教団 早稲田教会(外部リンク)

西早稲田2丁目3-18

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