集会記録・牧師の日記(2003 川和・船越教会修養会)

2003.9.21 川和教会週報

(川和教会代務者 健作さん70歳)

集会記録

9月14日(日)、入門講座 男3女3。
9月17日(水)、斉藤宅家庭集会 男1女9。 
9月18日(木)、エマオ会 男3女11。

 エマオ会は岩井牧師から“十字架についてのお話”を聞いた。営繕担当役員T・T兄の尽力で教会堂東壁にステンレス製の十字架がとりつけられ、“ここに教会がある”事が表示されたが、我々も、キリスト教が歴史の中で担ってきた十字架の意味を知っておくべきであろう、との学びであった。

 初期は『勝利の十字架』。『キリストの贖罪』の象徴になったのは中世末期。また、十字架の形状も十種類もある事。パウロ書簡では、『十字架』と『イエスの死』が直接結び付いていない事。マルコでは信徒の生活上の『苦難』と結び付けて考えられている事など。

イエスの十字架を囲む人々(2003 川和)
十字架がついた(2003 川和)

牧師の日記

 9月15日(月・敬老の日)。横須賀の船越教会(宮崎徹牧師)の信徒修養会で「日本基督教団の戦争責任告白」と題して講演をした。参加者10名。この教会の会堂(1990年献堂)のプレートにはびっくりした。『横須賀平和センタ−宣言』とある。

「私たちは、戦争責任に基づき、飢餓・地球破壊・差別・軍事力・核等のあらゆる抑圧から解放され、自由・人権・世界平和の実現を求めつつ戦う民衆として、前進することをここに宣言します。1990年5月20日 船越教会員一同」

 これほどはっきりと教会の姿勢を宣言している教会があるとは。