幾つもの葬儀(2003 宣教学24)

2003.2.24、「岩井健作」の宣教学(24)

(川和教会代務牧師 健作さん69歳)

1.人は生きて来たように死ぬ、といったのは確か精神科医・柏木哲夫氏(前淀川キリスト教病院ホスピス室長、現大阪大学医学部教授)だったように思う。この言葉になぞらえて言えば、人は生きて来たように葬られる、と言えるだろう。

 最近そのような実感を改めてもった。代務ではあるが牧会の任を負っている教会で、はじめて葬儀を経験した。亡くなられた方は59歳の女性であった。突然蜘蛛膜下出血で入院、快方に向っていた矢先再発、一週間程脳死状態で、家族に看取られて、多くの知人の別れを受けて、終わりの時を迎えた。残されて葬儀を主宰する連れ合いの夫とその家族は、人間のありのままの出会いや真実を大切にする人たちで、形式・儀礼・習慣・いわゆる常識に埋もれない生き方の「わがまま」を通して来た人達であった。亡くなられたご本人は、その家族の「わがまま」を「執り成し」て、決して長いとは言えないその生涯を燃焼しきって生きた、との思いを私は抱いている。葬儀はその総合であるかのように、激しくまたユニークであった。家族が中心となり、家族と共に本人が働いた保育園の保護者たちが手伝って「手作り」の葬儀が行われた。本人も家族もK教会の会員であるから、キリスト教の葬りが執り行われたのは言うまでもないのだが、人生の総決算としての葬りと言うにふさわしい、人と人とを繋ぐ葬りであった。

2.葬りは人生の総決算である。たんなる儀式であるような葬儀でさえ、そこにはその人の生全体が込められているであろう。生全体とは何か。まず、第一にその人の価値観、意志があるだろう。これも最近牧師であったK氏ご本人の「死亡通知」をいただいた。本文は、死因と状況、年月日を記入すればよいように作られていた。はがきはその本文に続き、遺族の挨拶。友人たちによる「偲ぶ会」の企画の情報が追記されている簡単なものであった。通知の事務的差出人は遺族であるが、そこには本人の意志や本人が生きて来た人と人との繋がりが背後に伺える。第二に、葬りは本人が作ってきた人と人との関係の質の総決算であるとも言える。家族、友人知人、様々な運動や趣味の仲間、仕事の関係者、信仰の共同体、地域の人達、そんな人達の関係を抜きにして葬りは考えられない。葬りを行わないにしても、行うにしても、葬りは関係概念そのものである。

3.その人の価値観とは何であろうか。これは永い間に養われてきたものであるから、死に際して急激に変化するものではない。もし変化があるとすれば、密かな永い間の熟成の結果であろう。エ-リッヒ・フロム(『生きるということ』”TO HAVE OR TO BE 1976″ 紀伊国屋書店 1977)が言うように「持つこと」と「あること」の二つの存在形式は、生きるということの根源に関わることである。その根源から、葬り方、葬られ方は出て来るものである。

4.葬りは、どうしても肉体の葬りを伴う。葬りは亡くなった人の死の確認から始まる。無機質な言葉でいえば、遺体の処置である。しかし、遺体のない場合がある。そんな経験はいつまでも心にささっている。

 Oさんは会社の出張でニュ-ヨ-クに出かけた。夜ホテルを出て街に出かけたまでは知人により確認された。それきっり消息を絶った。現地の警察、勤務先の会社が必死の捜索を続けた。しかし、消息は掴めなかった。それらしき人を見たという情報もあった。何か事件に巻き込まれたかもしれないという推測が立てられ、それらしい場所の聞き込みが行われた。遺体が揚がった事はないか、港湾関係者の情報収集が行われた。彼は独身男性であるので、やがて両親から失踪宣言が出された。気の長くなる程の時の経過の後、年老いた両親はとうとう葬儀を行った。彼は教会のメンバーなので牧師の私は式を司った。行方不明から10年の歳月が経っていた。

 遺体のある場合は、普通看護師や近親者により遺体の清拭が行われ、しかるべき場所に安置、納棺が行われ、その後、宗教的儀式儀礼、お別れの送りなどが入り(医学献体の場合は宗教的・社会的葬りの営みの前か後に遺体は病院に送られる-儀礼の有無とは関係はない)火葬あるいはまれには土葬に付される。遺骨が持ち替えられて、埋葬、納骨が行われる。散骨を希望する人もいる。

5.最近、本人の意志で、いわゆる葬儀は行わないというケ-スが多くなった。H氏の場合、献体をしているから病院からすぐに大学が引き取りにきてくれるように、と本人意思は実行に移された。その後、死去の報告は遺族から知人になされ、教会の週報で報告された。ほぼ一年後、遺骨が帰ってきて教会堂で遺族の主宰で質素に記念の礼拝のみが行われた。いわゆる葬儀は行わないという本人の意志はその通りに受け入れられた。

6.葬儀に関連して四つの流れがある。その全体を「葬り」というのであろう。

 第一は、遺体をどうするか。第二は、宗教行事としての葬儀、第三は、社会的な意味の「お別れ」、第四は遺骨の埋葬の問題。

7.これら一連の主催者は誰か。もちろん本人の意志は尊重されねばならない。だが「葬り」は、本人の意志をも含めて、近親者・家族の営み、宗教的営み、社会的営みという多面な側面を持つ。とにもかくにも、主催者(その代表)をはっきりさせておくことが必要である。殆どの場合「喪主」とよばれる近親者である。ある部分を「団体葬」などの場合「葬儀委員長」などに託す場合もある。身寄りのない場合は、本人の意志がはっきりしていれば託された人が、ある場合には地域共同体の仲間が、止むを得ない場合には行政(国家ではない。住民の相互扶助の契約の思想に基づく意味合いを表すものとしての行政)が、葬りを行うべきであろうか。戦禍の中、大量の虐殺、爆撃による死者の葬りは、誰が主催するのか。葬りのない無名の人々は戦争の度に生じていることを忘れてはならない。戦争の主体である国家に、その葬りをさせてはいけない。これは、戦争を憂い、戦争をやめさせる為に、命を失ったものへの喪に服する人々が、見えない葬りの主催者になるのであろう。不条理の死を抱え込んでいく文化を養い育くんでく人々である(例えば、画家・丸木位里・丸木俊)。

8.第二の宗教行事。本人、家族の属する宗教によるが、本人と家族の宗教が異なる場合は生前に意思表示をしておく必要がある。

 そうでない場合は、喪主の意志によるであろう。熱心なキリスト教信徒であったのに、他宗教で葬儀が行われたという場合、また逆の場合等、筆者は実例に事欠かない。キリスト教の場合、牧師(教会主任担任教師)が葬儀を依頼された場合どのように受けるべきかは、最近出版された書物に詳しいので割愛する。(鈴木崇臣著『牧師の仕事』2002/10 教文館 2002、P.292-319「葬式・諸式」の項。よく書けてはいるが、マニュアル的になり過ぎてはいないか。独特の経験主義と聖書直接主義が気になる。あの本には記されていないが、日頃の宣教論や牧会は「葬儀を司る」という役目への修練であるといっても過言ではないであろう)。なお、前夜式(家族中心の祈りと別れ)と葬儀(礼拝)との区別が曖昧になり、夜であれば参加できるという社会生活の変化により夜にの方に儀礼的参加をする人が多くなっている。前者は近親者のみとするか、行わないで、葬儀を中心とした方がよいとは、筆者の経験である。

9.葬りは、遺されたもの、特に配偶者、家族、遺族への関わりを含めての営みである。遺されたものは深い悲しみのうちにある。その人たちへの関わりは、葬りから独立した営みでありつつ、また葬りに関わるすべての人の役割であり、特に教会の務めであろう。悲しむ者と共に生きるという宣教論的な課題である。

10.幾つかの雑感。都市化と高齢社会における葬りの変化の問題への視点を忘れてはならない。都市化は地域社会の変化を招いた。地域社会が顔の見え相互に支え合う人間関係ではなくなってきた。阪神淡路大地震の時、地域社会の人間関係がよく出来ていたところは、いろいろな意味でお互いに助け合いがあったし、消息を共有し、死者をその関わりの中で送り、覚える事の出来る「街」があった。しかし、いまその「街」が消えつつある。介護政策では在宅福祉が中心的にとられているものの、貧富の格差が大きくなるような政策では、それが良い意味で機能していない。ライフケアシステムなどが育ち、死の看取りの人間関係を厚くする努力が課題であろう。葬りが、機能的に「葬祭産業」の手に移ってしまわないためにも、相談機能の必要を感じる。また、病院死は死の抽象化、医療関係者の死の受容への無理解などが増幅しかねない。葬りとの関連で教会・牧師が宣教論的な視野を持つ必要がある。例えば、脳死の場合でも、ICUから個室の確保などの配慮は、葬りの一環として考慮されるべきであろう。また、葬りが人間味を失って、対外儀礼化していく事への歯止めを掛けるための、老いと死、そして家族の一貫性を捉えていく必要があるだろう。(マ-ク・ジェリ-/ダン・ジェリー著、重兼裕子訳『おじいちゃん』春秋社 1990、この[写真集]はその一貫性をよく捉えている)。

11.第三の、お別れの問題。普通第二の宗教的儀礼に連続・附属している場合が多いが、宗教が介在しない場合は、これのみが独立して「お別れの会」「偲ぶ会」等になる。これは十分個性を発揮してよい。

12.第四は、遺骨の問題。家のお墓。教会の納骨所。散骨。遺族と一緒に考えていく必要があるだろう。

参考書

『現代葬儀事情』日本ルーテル神学大学教職セミナ- AVACO刊 1994
『死と葬儀』日本基督教団信仰職制委員会、日本キリスト教団出版局 1974
『日本の葬式』井之口章次 築摩書房 1977

「岩井健作」の宣教学インデックス(2000-2007 宣教学)