子どもの死の意味を考える (3)

「子どもの文化」2002年1月号所収(子どもの文化研究所)
2005年版『地の基震い動く時 – 阪神淡路大震災と教会』所収(コイノニア社 2005)


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子どもの死・弱者の死

「震災と子どもの死」をめぐって三つのことを考えてみたいと思います。

 第一は、残っている者の責任です。

 野田正彰さんが書いた『わが街 – 東灘区森南町の人々』(文藝春秋社)、これは東灘区の人々とお付き合いをした最初の一年の物語です。サンケイ新聞に連載されたものです。
 その中に、岡本さんという曹洞宗の住職の方のことが記されています。孫の死に対してすごく自責の念と無力感をもたれているのです。それと、呉服屋さんの加賀さんという方も、お孫さんがおじいさんとおばあさんのところで寝ていたのですが、子どものほうに背を向けて寝ていたとき、地震が来たのです。もし、子どもの側を向いていれば、助かったかもしれないという自責の念を強くもたれています。それから、岡本さんの場合は、新しい庫裏に子どもが住むと汚してしまうということで、わざわざ文化住宅に住んでいたので、死を招いてしまったのです。
 このような自責の念と無力感は、先のKさんも、とても強くもっていました。こういう自責の念ということは、みんなで大切にしなければならないと思うのです。
 少し拡大して考えますと、子どもの生命・生存の権利を守りきれない大人の問題というものが、そこにはあります。亡くなった子どもさんで6歳以下のお子さん、1997年の3月現在の読売新聞の名簿で数えると、147人です。詳しくは分かりませんが、私が見聞きしている限りでは、古い木造住宅に住んでいた子どもさんが圧倒的に多く亡くなっているのです。今度の地震の死というものは、いろいろな意味で人災とも言われますけれども、要するに住宅環境が良くないところで亡くなっている方が多いのです。
 もちろん例外はたくさんあります。揺れも少なくて、半壊すらも少なかった神戸市外の住宅に住んでいて、娘さんが好きなピアノの部屋に寝ていたばっかりに、ピアノの下敷きになって亡くなったお子さんのお母さんは、もと私たちの教会幼稚園の教師でした。
 しかし、基本的には居住権や住宅環境など、「住む」ということを基本に置いた街づくりをしてこなかったわけですから、責任ということから言いますと、子どもの死も都市づくりの視点からは、弱いところに出てしまったのです。経済の発展を第一義にしてきて、生命の安全を軽視してきた価値観の歪みがこういうところに出てしまった、ということを今しみじみ思います。
 この価値観を転換させるということが、生き残った者の大きな責任にならないでしょうか。これは子どもの死が問うている一つの大きな課題です。子どもの死自体が、弱者の死を意味しています。これをどう問いとして受け止めていくか、今後の課題です。


「不条理の死」が問うもの

 それから第二の点は、不条理の死の意味です。

 地震で亡くなった6432人の中でも、将来に多くの可能性をもっていた子どもたちの死は、ほんとうに不条理の死です。その意味を尋ねることは深山に分け入る如くです。残されて生きはじめる者たちが、これら一人一人の「子ども」の死の重さを負って生きはじめることは、衝撃的地震がうながしている、当たり前になってしまっていた「大人」の価値観や文化を問い直し続けていくことだ、との思いを新たにします。
 なぜ、この子が死んで、私が生きていかなくてはならないのか。これは世の中にたくさんあることです。死の事実がこちらの存在の意味を問い続けています。しかし、問われている方で、いつの間にか問いを忘れてしまって、生きることだけが関心になってしまうことが多いのです。死の意味などというものは、そうすぐに答えが出てくるわけではありません。ですから、「文化」の中に「死」を位置付けることを怠ってしまいます。本当は「文化」というものは、「死」を含めて考えなくてはならないのではないでしょうか。


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