見よ、神の子羊 震災から7年

2001.11.20

ヨハネ福音書 1:29

 地震からやがて7年。今年もルオ−の名画「郊外のキリスト」を心に描きながらクリスマスを迎えます。地底から突きあげてきたあの一撃で、家族を亡くされた方とって、日常の時の切れ目から、心の痛みが浸み出てくる哀愁はこの絵に通じます。と同時に、死んだ者たちが生きる者たちに語りかけ、その悲しみを覆い包んでいる温もりの不思議さが街外れにたたずむイエスと重なります。

“Crucifixions” Georges Rouault by Google Arts, 「郊外のキリスト」はPublic Domainでないため、サイトに掲載できません。Google で検索してご覧ください。

 「“お母さん”、オレだって安子と喜子に、毎日弁当を、君に負けない位作っているぜ」。あの1月17日、亡くなった妻と長男を天上の家族として、地上で、今までよりも二倍も三倍も密度の濃い生活を創造しているKさんの言葉です。何時だったか、Kさんに電話をしました。このごろ、子どもを亡くした父親達のために開かれた「お父さんのための料理教室」に通って、同じ仲間と話が出来て楽しく過ごした、とのご返事でした。ところがそのKさんが遂に、この五月二人の娘を地上に残して、癌で倒れ「天に召され」ました。五十歳余でした。震災後の激務、心労を思うと涙がこぼれます。彼は、住宅も仕事場も失った中から、一人で印刷業を復興させ、当時小学生二人の娘を守り、やっと仕事を始めました。震災後まとめた私の小さな本や知人の歌集をだしてくださった方です。彼の死を聞いて、震災の打撃が私のところに、今ドッと押し寄せてきました。

 「家族をなくした心の痛みは、時間と共に遠のき、確かに薄まってはいきます。しかし、薄まりはしても、決して和らぐことはありません。戦争や事故や事件や災害などで心に傷を受けた人達は、みな、その痛みを生涯引きずっていくのだと知った次第です」。

 生前に頂いたKさんのメ−ルです。彼の死の後、私たちは9月11日の「同時多発テロ」と理不尽な報復攻撃を経験しています。Kさんの言葉を、アフガニスタンの極度の悲しみを抱えている人達のことと共に思い起こしています。

 災害や事件や事故や戦争で亡くなった方たちは、歴史の罪の「贖罪者」のような気がしてなりません。ヨハネ福音書で、バプテスマのヨハネは、イエスが自分の方に来るのをみて「見よ、世の罪を取り除く神の子羊」(1:29)と叫びました。多くの「贖罪者」の原点にいます方が、イエスでしょうか。そんなイエスへの思いを馳せ今年のクリスマスを過ごしたいと思っています。