神戸に住む(1995 教会報・震災から半年)

1995年7月16日発行、神戸教會々報「阪神大震災 特別号続編」所収
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(神戸教会牧師18年目、牧会37年、健作さん61歳)


 一枚の地図がある。「阪神大震災地図」。

 全壊は赤、消失は紫、半壊は緑、液状化地域は黄、その他、護岸・橋梁・鉄道・寺社・教会などの損壊が細かく記載されている。左端には、各市、区の家屋全壊、死者数が棒グラフで示されている。

 1月17日のあの出来事を地図の一点に甦らせるならば、この地図が問うている事柄の前にただ打ちひしがれる以外にない。


 独り暮らしだったNさんは、あの朝、家具が倒れて天に召された。

 下山手通りのその辺りはほんの小さな赤色がまばらに記されている。

 5月の終わり、姪のYさんを中心に生前Nさんがノートに記していた遺言に従って、礼拝堂で質素に記念礼拝をした。

 Nさんの最後の様子が知りたくて、Nさんを助け出したという方を訪ね訪ねて、やっと話を聞いた。

 そのKさんは、あの朝の自分の物語から語り出し、Nさんの救出に至るまでの話に小一時間を必要とした。医療機関に託した後のことを、そのKさんは遺体安置所の氏名で初めて知ったという。

 死者5502名の一人の死の物語を聞きながら、この地図が発信している無数で巨大な物語のことを思うと絶句する。

 せめても、と思い地図に神戸教会員の全壊全焼の方たち30件を覚えて付箋で名を記し、祈りの手がかりとして掲示した。

 しかし、それはこの地図が示す、3月8日現在、1887戸の全壊と5502名の死者に代表される都市と人間の破壊の細部にどれだけの想像力をもって関われるのか、という自らの精神の内部への問いとして掲示した、とも言える。


 住宅問題に限ってみれば、7月6日現在(神戸市民政部資料)、神戸市全体で289箇所、1万8006名が避難所で就寝している。

 うち中央区は44箇所2550名。

 神戸教会周囲では山の手小学校149名、諏訪山小学校50名、下山手小学校155名、神戸生田中学校145名、生田文化会館55名などである。

 地震の巨大さ、行政の政策が住民との対話を欠いたままであることなどは、5月末に発足した「全神戸避難所連絡会」(河村宗次郎代表)などが、その行動や訴えで明らかにしたことである。

 避難所からの発信は「住む」ことの問題の大きさを語っている。仮設の人も、仮住まいの人も、住宅の問題を長期にわたって担い続けてゆかねばならないことを思うと、切々たるものがある。

 教区が教団救援金の中から、教会堂再建と共に、教会員及び関係者の住宅資金貸付計画を立て、たとえわずかでも、その苦難に連帯しようとしているのも、その思いの現われだと言える。


 イエスは「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない」(ルカ 9:58)と言われた。

 聖書学者の中には、イエスの運動の性格を放浪のラディカリズムと捉える人もある。体制としてのユダヤ教を問う過激さがあったのであろうか。

 しかし、大工であり、家を建てて住み、ナザレの村を愛したイエスの言葉は「住むこと」の否定ではあるまい。

 地上で住む所さえ疎外されている人々がいることを忘れて、自らの穴や巣だけに立てこもる自分本位を撃つ「逆説」の言葉であるのではないか。

 テント村だけではなく、避難所だけではなく、半壊の家に住む人も、仮設の人も、仮住まいの人も、今、神戸で「住む」ことの問題を、行政を巻き込んで考えようという訴えだと、河村さん(全神戸避難所連絡会代表)のアピールを聞いた。

 街の回復は「住む」ことを愛おしむ人と人との繋がりにあるのではないか。


神戸教会 教会報

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