「たやすく書かれた詩」 尹東柱

「たやすく書かれた詩」 尹東柱

たやすく書かれた詩

窓辺に夜の雨がささやき
六畳部屋は他人の国、

詩人とは悲しい天命と知りつつも
一行の詩を書きとめてみるか、

汗の匂いと愛の香りふくよかに漂う
送られてきた学費封筒を受け取り

大学ノートを小脇に
老教授の講義を聴きにゆく。

かえりみれば 幼友達を
ひとり、ふたり、とみな失い

わたしはなにを願い
ただひとり思いしずむのか?

人生は生きがたいものなのに
詩がこう たやすく書けるのは
恥ずかしいことだ。

六畳部屋は他人の国
窓辺に夜の雨がささやいているが、

灯火をつけて 暗闇をすこし追いやり、
時代のように 訪れる朝を待つ最後のわたし、

わたしはわたしに小さな手をさしのべ
涙と慰めで握る最初の握手。

「たやすく書かれた詩」尹東柱(伊吹郷訳)


たやすく書かれた詩

窓の外で夜の雨がささやき
六畳の部屋は よその国、

詩人とは悲しい天命だと知りつつも
一行の詩でも記してみるか、

汗の匂いと 愛の香りが ほのぬくく漂う
送ってくださった学費封筒を受け取り

大学ノートを小脇にかかえて
老いた教授の講義を聴きにゆく。

思い返せば 幼い日の友ら
ひとり、ふたり、みな失くしてしまい

私は何を望んで
私はただひとり澱のように沈んでいるのだろうか?

人生は生きがたいものだというのに
詩がこれほどもたやすく書けるのは
恥ずかしいことだ。

六畳の部屋は よその国
窓の外で 夜の雨がささやいているが、

灯りをつよめて 暗がりを少し押しやり、
時代のようにくるであろう朝を待つ 最後の私、

私は私に小さな手を差しだし
涙と慰めを込めて握る 最初の握手。

「たやすく書かれた詩」尹東柱(金時鐘訳)岩波文庫

1942年 尹東柱24歳
東京 獄死3年前


序詩

死ぬ日まで空を仰ぎ
一点の恥辱なきことを、
葉あいにそよぐ風にも
わたしは心痛んだ。
星をうたう心で
生きとし生けるものをいとおしまねば
そしてわたしに与えられた道を
歩みゆかねば。

今宵も星が風に吹き晒らされる。

「序詞」尹東柱(伊吹郷訳)


序詩

死ぬ日まで天を仰ぎ
一点の恥じ入ることもないことを、
葉あいにおきる風にさえ
私は思い煩(わずら)った
星を歌う心で
すべての絶え入るものをいとおしまねば
そして私に与えられた道を
歩いていかねば。

今夜も星が 風にかすれて泣いている。

「序詞」尹東柱(金時鐘訳)岩波文庫

1941年11月20日 尹東柱23歳
ソウル延世大学



震災から33日目の礼拝説教で紹介
主を待ち望む 1995.2.19」から抜粋

詩編130編

 先週、私は、ちょっとしたきっかけで、尹東柱(ユンドンジュ)という詩人の詩に触れる機会を得ました。彼は韓国の専門学校を出て、立教大学に留学していましたが、1942年10月1日、同志社大学文学部に専科生として入学しました。しかし、ハングルで詩を書いたことが独立運動につながるとして、1943年7月14日、下鴨署に逮捕され、1945年2月16日、27歳の若さで福岡刑務所で獄死しました。彼の詩100編余りを友人たちが甕に隠して地下に保存したといいます。この人は、同志社に学んでいたのに、専科生であったためか、当時の教授も学生も誰一人彼のことを記憶にとどめていないそうです。
 この人の詩集は『空と風と星と詩』という題で、伊吹郷氏によって訳されたものがあります。その中の一つに「たやすく書かれた詩」というのがあります。その一節です。

 人生は生きがたいものなのに
 詩がこうたやすく書けるのは
 恥ずかしいことだ

 「恥ずかしい」という感性は、奥深いところで神へのはじらい、聖書で言う「罪の自覚」に通じるものです。彼は韓国では三代目のキリスト者だそうです。
 先週2月16日、彼の獄死の50年を記念して、同志社大学に建てられた詩碑には、彼の「序詩」と題する詩が刻まれています。「死ぬ日まで空を仰ぎ、一点の恥辱なきことを」とあります。こういう言葉は20代の若さでなければ書けないことです。長生きするほど恥多き人生になります。
 「はじ」というのは韓国語で「プコロン、プロッタ」というそうです。きまりが悪い、気はずかしい、照れ臭い、という意味だそうです。ここで注目したいのは、「はじ」という言葉をここでは単なる内省・反省という内向きだけで使っているのではなく、「星をうたう心で」「生きとし生けるものをいとおしまねば」という、「そしてわたしに与えられた道を歩みゆかねば」という、突き抜けた人へのやさしさへと結びつけていることです。
 50年前、こんな詩人が関西にいたことを思うと、50年の私たちの「はじ」を一気に突き抜けて、生きることの希望へと私たちを結びつけてくれる思いがいたします。

 詩篇130篇は、3節〜5節へと一気に読むとき、そこには過去・現在・未来が一つに結びついています。私たちが震災を経験したということは、私たちの過去と現在と将来とを一気に、自らのものとして生きる道を与えられたということではないでしょうか。「生きとし生けるものをいとおしまねば、そして、わたしに与えられた道を歩みゆかねば」という詩に重ね合わせて、新しい時を生き始めたいと存じます。



内容紹介

「死ぬ日まで天をあおぎ/一点の恥じ入ることもないことを」――戦争末期、留学先の日本で27歳の若さで獄死した詩人、尹東柱。解放後、友人たちが遺された詩集を刊行すると、その清冽な言葉が若者たちを魅了し、韓国では知らぬ者のない「国民的詩人」となった。詩集「空と風と星と詩」とそれ以外の詩あわせて66篇を在日の詩人・金時鐘が選び、訳出。ハングルの原詩を付した。

内容(「BOOK」データベースより)

「死ぬ日まで天を仰ぎ、一点の恥じ入ることもないことを」―。戦争末期、留学先の日本で27歳の若さで獄死した詩人、尹東柱(1917‐1945)。解放後、友人たちが遺された詩集を刊行すると、その清冽な言葉がたちまち韓国の若者たちを魅了した。これらの詩を「朝鮮人の遺産」と呼ぶ在日の詩人金時鐘が、詩集『空と風と星と詩』をはじめ全66篇を選び、訳出した。原詩を付す。