古時計

古時計

神戸教會々報 No.120 所収、1988.10.2

(健作さん55歳)

わたしの時はあなたのみ手にあります。 詩篇 31:15


 教会堂の階下にある古時計は、ネジさえ巻けば大きな振子を正確にふって時を刻んでいる。かつて事務室にあったものを階下小講堂に移すとき、裏側には「昭和五年」と記入してあったのを見た。会堂より古いものだ。他にあったものを戦後どなたかが寄贈したものなのであろうか。この時計はボーンボーンと昔なつかしい音で時を刻むのだが、7時なのに、ひとつ鳴ったりする。ある夜、独りで仕事をしていたら13鳴ったような気がした。これは大変だ、と思った時、時には二種類あることを思い出した。

 クロノスとカイロスと。振子の刻みと突如音をたてる合図と。量として一様に進行する時間と、生や死の瞬間を含めて、事件や出来事あるいは好機・危機として自分の予想を超えて、いつ切り込んで来るか分からない時とである。

 教会には、集会・会議・面会・交流・事務といった「時」の流れと、不意に電話が鳴ってある方の死が告げられる「とき」とがある。また、もがいても解決が与えられない「時」の経過があると思うと、ひらめくように「上より」の力を与えられる「とき」もある。この二つの「時」と「とき」との絡み合いが、古時計のある教会の日常というものだ。


 詩篇31篇の15節の「時」は、言語では複数形になっていて「『人生の諸段階』の意味にとるのが恐らく正当であり」(関根正雄)と言われる。新英語訳も「私の浮沈はあなたのみ手にあります」と訳している。他方この時を、「ふさわしい時」と訳して、神が自分に働きかけ「追い迫る者、敵の手から助け出してください」との祈りに結びつけるのは新共同訳である。恐らく詩人の気持ちは、「時」と「とき」を分けるのではなく、その一切を含めて考えていたのであろう。この第31篇の詩の基調は、神に対して「しかし、主よ」(14節)と、苦難の中から、主に信頼するところにある。神との関わりで「時」を計り、「とき」を取りもどす者にとっては、恐らく地上の歴史区分も年代も相対的なものに過ぎなかった。時は神のみ手にあるのだから。


 今夏、私たちの祈りの一つであった「神戸教会で結婚式を挙げたOB・OGの集い」という長名の集会を持った。案ずるより生むがやすい、と言って集会そのものは多くの兄弟姉妹の熱意で楽しくかつ意義深く持てた。しかし、我れながら愕然としたことが一つだけあった。自己紹介で結婚の年を「59年」とか「61年」と言われた方のあったことである。もちろん「昭和」だ。

 私は注意深く元号を避けて結婚式を行ってきた。年代表記というものは、ある歴史観の表明であるから、世界には多数の年代表記があってよいし、それぞれは、それらの文化、宗教、民族の特質の表明である。「キリスト紀元(いわゆる西暦)」もその一つに過ぎない。だから何を使用しようとかまわないと言えばそれまでだが、少なくとも元号は、過去、天皇制絶対支配を、民衆の無意識にまで入り込んで構造化する一助であったことは事実である。それは記号論的年代表記以上のものを宿している。とすれば、それを相対化したり、自覚化する意味で、「時」と「とき」を「天皇」にではなく「イエスの父なる神」にゆだねている教会は、「キリスト紀元」であえて表記する意識と勇気はもっていてよい。教会で結婚式をするということは大変なことだ、とつくづく思った。教会につながって生きる者たちは、個人史、夫婦史、子供史などの年代表記には、元号不使用か、せめて「朝日新聞表記」ぐらいの意識があってよいのではないか。それが詩篇の詩人の心を宿すことでもあろう。


(サイト記)本文は1988年10月に書かれました(昭和から平成に元号が変わるのは翌1989年1月)。本文中の「新英語訳」「朝日新聞表記」の語彙の意味が筆者には分かりませんでしたが、原文そのままにしてあります。