教会の共同、その質を(1981 兵庫教区報)

1981年9月15日発行「兵庫教区報」掲載
兵庫教区総会議長として執筆

(兵庫教区議長、神戸教会牧師3-4年目、牧会23年、健作さん48歳)

 親愛なる兵庫教区 諸教会兄弟姉妹の皆様、誌上を通じ、ご挨拶の機を与えられた光栄を感謝いたします。

 教区総会議長としての抱負をと、当「報」編集者より依頼された期限を、はるかに過ぎているにもかかわらず、心は定まらず、筆の運びの鈍さは覆うべくもありません。

 今期教区総会での議長就任に際し、第一声に申し上げた如く、教会会議としての総会の選出を、時・状況・務めを共にする器、の諸要素を含め、「神の召し」と信じること固いものはございますし、その招きに応えていく力と導きが備えられていくことも疑うものではありません。

 しかし、もとより浅学、しかも、1969年以降、教区が負い、傷つき、破れ、そして癒しと繕いへとやがては向かわしめられつつある諸問題を、どれほどに、心情としても、思想としても、理解し、継承し、関わり、かつ負い得るのかを問われれば、はなはだおぼつかないことであります。

 さらに、教区を構成している103の教会・伝道所、148人の教師、7396人の信徒の兄弟姉妹、そして関係諸学校につき、たとえ思いを馳せたとしても、一体どれほどの洞察が許されるのかを思うと、心は重く沈まざるを得ません。

 そこには、遠く神戸開港以来、兵庫全域の百余年に渡って深く刻み込まれた宣教の歴史があり、そこで担われてきた教会の諸伝統は脈々と活きており、「教区が……教団所属教会の地域共同体」(教憲第6条)と言ったところで、教会の共同は道はるか、形成途上にあるとの思いを深くするからであります。

 けれども、諸先輩がこれまでに如何に辛苦したかを覚えつつ、また現状については「見えない部分」の如何に多いかを自覚しつつ、ひたすら「用いられること」をのみ祈るものであります。


 さて、しばし「議長とは何か」に考えを馳せます。

 「教団の教会的機能および教務」を「教区総会の決議ならびに教憲および教規の定める所に従って総括する」とありますが、「総括」とは、教会会議のモデレーターに徹しつつ、そのコンセンサスを結実・表明・実行していくことの全体ではないかと思うものです。

 私自身は、先の教区総会で選挙前に意見表明しました如く、「教団の戦争責任告白」を評価し、その実質化を志して歩んで来た者です。

 総括する立場にあっても、自分というものは知らず出てしまうものですから、気づいたことはどしどしおっしゃって下さい。

 対話を深めながら前進したいと存じます。


 5月、議長就任以来、辻前議長から引き継いだことも含めて、幾つかの教会や牧師方を、鈴木昭吾副議長や北里秀郎書記と共に訪れました。

 例えば、広石教会(淡路)、浜坂教会・城崎教会・三方伝道所(但馬地区)、S牧師(神戸地区)など。

 これらの教会は、過疎地や伝道困難な地で、少数の信徒とそして代務・兼務の教職あるいは無牧のままで礼拝と諸活動を守っており、教職・信徒共に人材に恵まれている教会には想像を絶する困難な宣教の戦いをすすめています。

 「教会の地域共同体」という場合、兵庫では絶えず但馬、そして播州からの発想に学びつつ、共同の意味を深めていくことが、教区の大いなる課題であると信じます。


 具体的な訴えを一つさせていただきます。

 前総会期の終わりから積み重ねてきたことですが、今年は十余年途絶えてきた教区信徒大会を実施するため、委員会が構成されました。

 教職による発想ではなく、信徒による発想で、ということで、委員は信徒中心、連絡や実行の実務で教職がお手伝いすることにしています。

 この原稿が遅れたので、怪我の功名で別項の如き要綱をお知らせします。

 過去の再現ではなく、現在の宣教の共同の課題を担うため、当面の「教区への関わり」として、各教会で支援、支持、参加、に取り組んで下さるようお願いします。


 教区の課題はたくさんあります。

 主なものを挙げますと、

(1)70年代に提起された宣教姿勢の諸問題(万博、会議制、教師不信任、教師検定等)

(2)教区財政問題(教区負担金未納の問題)

(3)教区施設および教区資金運用の問題

(4)教会幼児施設の問題

(5)教会互助体制の問題

(6)教団の諸課題の共有

 これら固有な問題は、専門的に担当する委員会や会議がそれに取り組むのは当然ですが、それ以外のところでも絶えず、念頭に置いて下さり、その関連の中で、各教会の宣教を進めて下さるようお願いします。


 終わりに、日本の全体状況が右傾化している時代に、教会が時流に抗して、地の塩であることを強く願わずにおられません。

 その意味で、後宮教団総会議長の時局に関する議長の見解(1981年7月7日発表)を支持する者です。

 7月7日と言えば、盧溝橋で日中戦争が開始されたのは44年前でした。

 この2年間、平和を願いつつ、職責を果たしたいと存じます。

 祈りと支えをお願いします。

(1981年9月15日発行「兵庫教区報」岩井健作)



後宮俊夫 教団総会議長の時局に関する議長の見解

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