不信の極みで《ルカ 1:5-23》(1979 待降節・礼拝説教要旨・週報)

1979.12.16、待降節第三主日、神戸教会
説教要旨は当日12月16日の週報に掲載

(牧会21年、神戸教会牧師2年目、健作さん46歳)

ルカによる福音書 1:5-23、説教題「不信の極みで」


 待降節の聖書テキストに登場する人物ザカリヤの信仰から学びたい。

 彼はバプテスマのヨハネの父であり、そのヨハネはユダヤの人たちに鋭く悔い改めを説いて、イエスに先立って活躍した預言者的宗教者であった。

 ザカリヤが生きた時代のユダヤは、ヘロデ王によって支配されていた。

 ヘロデは次々と変わるローマの支配者にうまく取り入り、また冷徹な行政手腕で王の地位を獲得したが、逆に人民には稀に見る暴君であった。

 ザカリヤは、いわばこの悪しき時代に、祭司として「神のみ前に正しい人」として生きた。

 彼が祭司という公的な務めで正しく生きるには、様々な抵抗や誘惑があったに違いない。

「主の戒めと定めをみな落度なく守っていた」とある。

”ふたりとも神のみまえに正しい人であって、主の戒めと定めとを、みな落度なく行っていた。”(ルカ 1:6、口語訳)

「みな落度なく」という言葉は、やがては崩れるであろう人間の固さを匂わしているとはいえ、彼がいかに神の律法に対し真剣でありまた意志的であったかをうかがわせる。

 6節の「ふたりとも」という一語は、彼の信仰が公的生活だけではなく私的生活にも一貫していたことを示している。


 だが、ザカリヤとエリサベツには子がなかった、しかも「ふたりともすでに年老いていた」。

 このことは、子は神の祝福という当時の思想からすれば、二人にとって大きな痛みであった。

 いつか子が与えられるのではないかという期待は、彼にとっては個人的体験を超えて、祭司としてイスラエル民族の罪を執り成し、救いを待ち望む祈りを深めるという民族的経験へと繋がっていったに違いない。

 その意味では、一見マイナスに見える経験も、その経験ゆえに、彼の信仰や思想は深められ、祭司としての成熟を得たであろう。

 しかし、彼が「神のわざ」を指し示しているのは、彼が祭司としてすぐれていたからではないことに注目したい。

 彼は、子が与えられることを祈ってはいた。

 しかし、そのことの成就を信じてはいなかった。

 そして、その不信が顕わになり、「ものが言えなくなる」中で、逆に彼の存在が神の働きを証しするものとされているという点に目を留めたい。

 ものの言えない祭司の姿、それは極めて無様である。しかし「この事の起る日まで」(20節)という言葉は慰め深い。

”時が来れば成就するわたしの言葉を信じなかったから、あなたは口がきけなくなり、この事の起る日まで、ものが言えなくなる」。民衆はザカリヤを待っていたので、彼が聖所内で暇どっているのを不思議に思っていた。ついに彼は出てきたが、物が言えなかったので、人々は彼が聖所内でまぼろしを見たのだと悟った。彼は彼らに合図をするだけで、引きつづき、口がきけないままでいた。それから務の期日が終ったので、家に帰った。”(ルカ 1:20-23、口語訳)


 今日、自分の無様さをどこかに棚上げして何かを語るという証しの生き方が出来なくなっていることを感じることしきりであるが、ザカリヤの如く生きたい。


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