イエスの母、兄弟、姉妹

「現代社会に生きる聖書の言葉」
湘南とつかYMCA ”やさしく学ぶ聖書の集い”

第94回「新約聖書 マルコによる福音書を読む」⑤
マルコ 3章31節-35節

 イエスの母としてのマリヤの名はマルコ福音書には1回(マルコ 6:3)しか出て来ない(マタイ5回、ルカ15回)。 「この人は、大工ではないか。マリヤの息子で…」 とある。父のヨセフの死は多分イエス10数歳の時だと想像されている。母との関係を示唆する箇所は唯一、この3章の箇所である。既に出家をした後である。この箇所のイエスは「周りに座っている人々(群衆)を見回して言われた」とあるが、マタイは「弟子たちの方を指して言われた」と修正し、群衆より弟子を重んじる思想を示している。「神の御心を行う人こそ、私の兄弟、姉妹、また母なのだ」(3:35)は、独立断片伝承と見なすのが、今の批判的聖書学の主流である。これを結び付けたのはマルコの編集的意図である。イエスの肉親ヤコブなどがマルコの時代、原始キリスト教のエルサレムの権威の中心にいたことへの批判が込められている。マルコの「民衆」は常に権力集団と対立する否定集団である(田川建三)。

 イエスの母親観とはいかなるものか。前記の如くイエスが家を出た頃は既に父とは死別して、イエスと弟たちが中心になって家計支えていたに違いない。ルナンの『イエス伝』(第2章)によれば、「イエスは一つの思想に専念する人々の皆そうであるように、血のつながりを重視しなくなっている。思想のつながりこそ、この種の人々の認める唯一のものである」という。「なんと幸いなことでしょう。あなたを宿した胎、あなたが吸った乳房は」(ルカ 11:27)、それに対して「むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である」(ルカ 11:28) という思想が記されている。

 ここから察するに、イエスは母に対しては「冷淡」(笠原芳光)とまでは言わないとしても、距離を抱いていたようである。早世した父親には親しみを抱いていた。マリヤをイエスの母であったがゆえに「キリストの母」「神の母」「聖母」と呼び信仰の対象とするに至ったのはカトリシズムである。「キリスト教」が母親への思慕・母の愛情を宣教の基盤に入れ込んで(一神教の父権主義をやわらげつつ)神との仲介的存在にまで至らせた為である。中世のカトリシズムの「マリヤ崇拝」は宗教改革で批判された。現在はカトリックでは「教会の象型」として教会論に位置づけられている(於第二バチカン公会議 1962-1965)。神の家族のなかの母親のような存在である。イエスは女性に好意的であった。マルコもイエスの最後を女性たちが看取ったことを記している(マルコ 15章33節以降、墓に葬られるのを見届け、安息日の後に墓の中に入って行くのも女性たち -16章)。

 西洋美術に流れる「ピエタ」(イタリア語「哀れみ」の意。死せるキリストを抱き嘆き悲しむ聖母を主題とする「祈念像」の一種)は中世末期に発達した。「ピエタ」の真実には訴えがある。戦争は多くの悲しみの「マリヤ」を生み出した。

 いずれにせよ、イエスは「母」にも距離を持つ独りの人であった。その孤独は消極的なものではなく、極めて積極的に単独者の道を生きた。独りになる勇気がイエスに従う道である。


マルコ福音書 3章31節-35節
イエスの母と兄弟たちが来て外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた。大勢の人が、イエスの周りに座っていた。「御覧なさい。母上と兄弟姉妹がたが外であなたを捜しておられます」と知らされると、イエスは、「わたしの母、わたしの兄弟とはだれか」と答え、周りに座っている人々を見回して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ。」


(サイト記)”Pieta”について、一枚だけご紹介します。”Domenico Mondo 1760–1806, The Metropolitan Museum of Art, NY

(サイト追記)テキストと関係なくて恐縮です。フェルメール「マリアとマルタの家のキリスト」(残存するフェルメールの全36作品 by Google Vermeer project)。