”客間”の外(2011 クリスマスコンサート奨励)

2011.12.4(日)14:30、明治学院教会クリスマスコンサート礼拝
明治学院大学横浜キャンパス内チャペル

(明治学院教会クリスマスコンサート礼拝、明治学院教会牧師 健作さん78歳)

1.メリー・クリスマス。クリスマスおめでとうございます。

 クリスマスはイエスの誕生を覚えて、お祝いするキリスト教の昔からの御祭りです。聖書のイエス誕生の記事に目を留めますと「マリヤは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶の中に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」とあります。ルカによる福音書の2章7節です。イエスが「飼い葉桶の中に寝かせられた」という事は、私たちが覚えておきたい大切なクリスマスのメッセージであると思います。

2.何故「飼い葉桶の中に」かと申しますと「宿屋」には場所がなかったからだとあります。ここで「宿屋」と訳されている言葉は「客間」とも訳せます。当時のパレスチナの家は、二階が住まいになっていて、そこで家の者達は生活していました。お客さんがきたらそこに泊め、交わりができ、団欒の出来る場所でした。一階は家畜小屋になっていて、人がくつろぐ場所ではありませんでした。イエスは、その家畜小屋が居場所だったのです。それは、その時代に「客間」に入ることが出来なかった人達の居場所を象徴していたのです。人間が疎外されている場所に、その生涯を置いたという事です。

3.正常な人間関係から疎外された人達は、当時もたくさんいました。聖書に出てくる、イエスが交わった人達は、そのような人達が多かったのです。重い皮膚病(ハンセン病)の人たち、目の見えない人たち、差別されている人たちです。イエスに出会って人間性を回復されたというお話が聖書にはたくさん出てきます。

4.当たり前の人間社会からコミュニケーションが閉ざされた場所です。現代にもたくさんいます。これは当事者でないと分からないことです。格差社会で貧困にあえぐ人、差別されている人(民族差別、障害者差別、性差別)。このような弱い立場の人を挙げてみると沢山おられます。イエスはそのような人々の中で生涯を送られたという事です。「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である」(マルコ 2:17)とはイエスの言葉です。

5.私は10年前から、ちょっとした不思議な御縁で鎌倉の二階堂という所に住まわせて戴いています。鎌倉は富裕な人達が住んでいる所という先入観があったものですから、何となくあの町には抵抗感がありました。いまでもそれが消えているわけではありません。

 ある日、鎌倉にいる野宿者への定期的な訪問活動を行っているグループがある事を知りました。誘われて、ご一緒に、その訪問活動に加わりました。坂の下のブルーシートを張っている人の所や七里ガ浜に小屋掛けをしている方がいるというので浜辺を一緒に歩きました。海岸では若者が盛んにサーフィンを楽しんでいる季節でした。湘南海岸の明るさがありました。目的の小屋に付きました。そこには湧き水があるのでそこに小屋掛けをしておられるというお話でした。「こんにちは、お元気ですか」と声を掛けたのですが、人の気配がありません。どこかに出ているのかな、と思って、ちょっと躊躇しましたが、思い切って、小屋の中に入ってみました。簡易ベッドに人が横たわっています。動きません。あれっと思ったら、死んでおられました。すでに体は腐乱しておられました。訪問活動のリーダーが警察に連絡して、ご遺体を運んでもらいました。無縁者として行政の処置にゆだねました。餓死であると後から聞きました。道路を隔てた上は鎌倉の高級住宅街です。前はリゾート海岸です。その人を前から知っている方はそこまで追い込んでしまった事を悔やんでおられました。「夜回りの会」の方はその晩お線香を上げ、お通夜を過ごされたと聞きました。鎌倉での出来事です。この町の、ほんとうの姿に出会ったように思いました。このように疎外された人がいる事。そうしてそこを訪れる人がいる事。

 何かベツレヘムの夜を思い出しました。「飼い葉おけの中のイエス」を迎えるという事は、現代ではそのような姿なのだと思いました。この経験から、「客間」の外、われわれの団欒の外に、心を配って生きてゆきたいなとクリスマスの度ごとに思うようになりました。何故なら、そこにイエスがいまし給うからです。

お祈りをいたします。