ヨブ記の概説的なこと(2010 メモ)

2010.9.4 執筆。おそらく教会の集会用資料。

(明治学院教会牧師 健作さん77歳)

ヨブ記とは。旧約聖書の39巻中、18番目の書物。日本語訳で52ページの分量、42章にわたる文学作品である。旧約聖書諸文書をその成り立ちや性質から、ギリシャ語訳聖書にしたがって4区分すると、その第3部門の「詩歌と教訓」の中の一書である。元来のへブル語原典では、全体を3区分とする。
① 律法(トーラー)、② 預言者(ネビーム)、③ 諸書(ケスビーム)。「③ 諸書」の中に入れられている。

執筆年代は。紀元前400年頃(原資料に後世の挿入部分がある)。

何が問題なのか。信仰に関わる生き方を、「① 律法(トーラー)」は神の戒めを守ることとして、「② 預言者(ネビーム)」は神の戒めを時代の中で聴くためイスラエルの民族の悔い改めの問題として、扱っている。しかし「③ 諸書(ケスビーム)」は信仰の問題を、神から人へではなく人から神へという方向で、言いかえれば文学的手法で、個人的・実存的・経験的・普遍的(民族に対し)な事柄として、捉える。ヨブ記はその代表的文書である。

文学的構造。1、2章は古い民間伝承によるヨ物語。義人ヨブは試練に逢うがなお神を賛美する。神賛美は因果応報教説とは別であるという主張がある。

 3~27章は詩文。ヨブと三人の友人との神学的討論がある。友人は因果応報の教義をかかげ、ヨブは苦悩する者の不条理から対論するが、かみ合わない。そこに戯曲としての含蓄がある。28章は「知恵」について、29~31章はヨブの最終弁論。

 32~37章は後代の挿入(31章までを総括したエリフの弁論)。38~42章は、神の答えとヨブの応答。そこでは、義人の不条理の苦難を神に激しく問うヨブに、答えは与えられず、逆に、創造の世界が示され「苦難」を一つの立場としてそれに固執するヨブの根底が問われ、神の問い(恵みとしての関係)の前で、無知と被造性の自覚をもつところに救済が示される。

思想内容。因果応報の教理を問い、宗教の功利的役割を否定する。神の真理を個別的・実存的経験の内側へと問い返すことで、逆に民族を超え、神の創造による世界への立ち返りを示唆する。

信仰生活・教会生活でヨブ記を読む意義。宗教を功利的に信じている人が如何に多いか。そこを越えねばならない。苦難が神へと魂を向けさせること。現代の世界を破局へと向かわしめている「人間中心」に対して、苦しむ者からの問いを受け、共存、そして徹底した被造性の理解を学ぶことの大切さがここにはある。