奇跡物語の担い手たちは最下層の人々であった − マルコ10章46節以下を手掛かりに(2009 ブラジル・マルコ)

2009.11.17 執筆、ラ・キ・ネット(ラテンアメリカ・キリスト教ネット)

(日本基督教団教師、単立明治学院教会牧師、健作さん76歳)

1.聖書を読むにはラ・キ・ネット(ラテンアメリカ・キリスト教ネット)の聖書研修会の基本に踏まえられていたように、現代聖書学の研究成果を享受しつつ、かつ聖書の「霊性」に学び、読むことが大事ではないか。

 日本聖書協会は「新共同訳」の翻訳にあたって、原典テキストにはない2つの付加を行った。

 例えば、新約聖書83ページをあけてみる。マルコ福音書10章46節以下に「盲人バルティマイをいやす」という小見出しが付いている。その下に(マタ20:29-34、ルカ18:35-43)と他の福音書の並行箇所がある。

「小見出し」は、読者への便宜のための「翻訳委員会」のサービスである。(「フランシスコ会訳」には見出しがある。米国聖書協会「文語訳」、日本聖書協会「口語訳」、最近の「岩波書店版」、近刊の「田川建三訳」にはない)。

 評価は様々であるが、先入観を与えてしまう意味で「古典には蛇足だ」と私は思っている。

 もう一つは、並行箇所の指摘である。これは、役に立つ。その背景には、福音書の歴史批評的研究の「二資料説」がある。福音書の間に、類似性があるということに気が付いたのは、18世紀「文学批評」の研究をしたJ・グリースバッハである。それが発展して、ホルツマンによって「二資料説」がたてられた。「マタイ・ルカ」は、「マルコ」ともう一つの「イエスの言葉資料Q」の2つの資料を元にして、それにそれぞれの特殊資料を用いて成り立っている、という説である。

 現代聖書学には、さらに「様式史」「編集史」「文学社会学」などの研究成果がある。これらの研究成果を踏まえて読むことで恣意的な読み方を避けることが出来るであろう。聖書は、今読み手が、どんな生き方をしているのかということとの相互作用があって初めて読むという行為が成り立つ。

2.さて、奇跡物語伝承の様式の変化に見られる、最も古い担い手はどの様な社会層であったのかという問題を取り上げたい。

 冒頭取り上げた「盲人バルティマイの癒し」(マルコ10:46-52)を並行本文マタイ20:29-34及びルカ18:35-43と比較してみる。 

 マルコには帰還命令「行きなさい」があるが、マタイ、ルカではそれが失われている。様式史的には、伝承のより古いものは、帰還命令があり、癒された者への関心が中心にある。

 治癒奇跡で「歓呼」や奇跡の「印象」があるものは新しい層に属している。例えば、「湖上歩行の奇跡の結び」、マルコ(6:51)とマタイ(14:33)では、マタイには「本当に、あなたは神の子です」(33)の感嘆が付いている。大貫隆氏は新しいものを「理念型」、古いものを「原型」と呼んいる(『福音書研究と文学社会学』岩波書店 1991)。

「理念型」はイエスが主導、奇跡の強調(癒しへの関心が薄い)、イエスの偉大さ・権威・キリスト論的意義の強調がなされる。「原型」はイエスが外部から呼び掛けられる、癒された者への関心が最後まで持続する(バルティマイという名が残っている)、イエスの偉大さを称える尊称や奇跡が及ぼした印象がない、などの違いがある。

 この方法で古いものを取り出すと「重い皮膚病を患っている人をいやす」(マルコ1:40-44)、「ベトサイダの盲人の癒し」(マルコ8:22-26)、「重い皮膚病を患っている十人の人をいやす」(ルカ17:11-19)、「中風の人をいやす」(マルコ2:1-12)は非常に古い伝承に属する。

 北ガリラヤ地方に遡る奇跡物語においては、キリスト論的動機(イエスを讃美する統一的価値観)が乏しく、歴史のイエスに最も近ずくことができる。これらの伝承は、当時のキリスト教会内外の特定の「生活の座」によって担われたのではなく、組織化の外の個々別々に伝承されたものであろうと大貫氏は想定する。とすると、マルコがこの伝承を集めるには、その様な感覚と、努力、現実的実践があって、社会最下層で言い伝えられていた伝承を集めたに違いない。少なくともマルコの福音書文学の方法において、自覚的であった、といわざるを得ない。

 当時、キリスト論的に教会をまとめていく教会勢力に対して、かなり挑戦的にこの「福音書文学」を構築したであろう(前掲書 p.277)。癒されようと欲する者は癒しという明確な御利益を求めてイエスのもとにへ赴き、癒された後は家族と社会に復帰する。社会復帰と家庭関係の回復が最大の願望(価値)であるような社会層、”重い皮膚病を患っている人”に典型的に象徴されるような、常に遮断の対象となりかねない危険と不安にさらされている社会的最下層の人々がその担い手であった。

 当時のユダヤ社会においてはいわゆる「地の民」「取税人や罪人」という表現で言い表された人々である。一世紀前半のユダヤ社会では、病気や障害は病理学的な説明で済むことなく、宗教的・社会的イデオロギー(神の刑罰、ヨハネ9:2)による差別の渦中におかれていたことはよく知られるところである。身体と社会的・経済的・政治的な二重三重の差別の中にいる人間に、イエスは「神の国(支配)」を宣べ伝えた。

 それは人間相互の根源的つながりの発見と回復、万人の和解、支え合いへの招きであった。それは、人間の社会プログラムを超え、そこに切り込んでくる「神の行動」であり「神の出来事」であった。イエスはその「神の国」の到来を実践した。それは最下層の人々の現実へ自らの身を投げ込むことであった。

「貧しい人々は、は幸いである、神の国はあなたがたのものである」(ルカ6:20、新共同訳)

 これはイエスがそこに共に存在することの逆説であった。イエスが弱者と共にいることの迫力が奇跡(驚くべきこと)なのである。

 聖書を教会の教義(信仰告白など)を解釈基準として読むことからの解放を、私は身近なところで叫んでいるが、「教会」の現場ではなかなか受け入れられない。現代の最下層の人たちの人間解放を伴ないつつ、ブラジルの現場に学びつつ、これからも聖書を読んでゆきたい。