西中国教区の歴史から宣教を考える −「日本伝道150年」を問いつつ(2009 西中国教区・講演メモ)

(日本基督教団)西中国教区から「日本伝道150年」を問う集会
2009.10.5(月)14:00-17:00、於広島流川教会

(単立明治学院教会牧師、健作さん76歳)

1.私は西中国で育てられた。

1−1.人 

① 身近な人との出会いで私は育てられた。(もちろん反面教師の方もいます)

 思い付くままに(順不同)、谷本清、四竃一郎、玉井義治、春名定雄、笹尾清史、笠そよ、友田さかえ、守田静江、高倉徹、杉原助、森田恒一、山田守、大野昭、榎昭三、筒井洋一郎、藤田祐、河村虎太郎、田中一郎、蛯江紀雄、広瀬ハマ、東岡山治、青木優などの方々。(まだまだたくさんいます)

②「いと小さき者、幼な子、弱者、被抑圧者、戦争・原爆被害者」によって育てられた。(かならずしもキリスト者にかぎらない。名を挙げれば切りがない)

1−2.福音

 イエスの出来事という福音理解。それは「出会い」(神と人との)の出来事。

 その出会いの出来事が「歴史」を形作る。Historie(史実)ではなくてGeshicht(邂逅史)としての歴史を。

 イエスの出来事は邂逅史。「福音」は邂逅史的出来事。イエスの歴史だけを一回的(ルカ文書の救済史的捉え方)に捉えないのが、邂逅史的把握の再構築として聖書を歴史批判的に読むことではないか。

1−3.教会

 大変難しい所。「出会いの修練、苗床」「弱き者への選びの場」。

 人を繋げ、人が繋がり、人を繋げる場の力(聖霊の働き)を持つ。

 交わりの質・出会いの質が世への証し。言葉による伝達が伝道だが、証しなければ、伝道は不可。

2.「体質改善」と「伝道圏伝道」が西中国のトレードマーク。

2−1.「体質改善」

 教会が世に仕えていく。伝道圏(小さな教会同志が助け合う)。西中国では分区の働きとして定着。

2−2.流れ

 教団の「新日本建設キリスト運動」から「宣教基本方策」(1961-65)・「宣教基礎理論」(1963)への軸足の変化。

 宣教100年記念行事の後、1960年代。

2−3.戦責告白

 教団(成立時の教義の大要{後信仰告白}と生活綱領{皇国ノ道ニ従ヒテ信仰ニ徹シ各基ノ分ヲ尽シテ皇運ヲ扶翼シ奉ルベシ}の乖離を、辛うじて繋げたのがいわゆる「戦争責任告白」(1967)。それは歴史の中での罪責を不十分ながらも主体的に受け止めた。

2−4.聖書の読み

 西中国で、私は聖書の読み方を深化させた。聖書を歴史批判的に読み、「教義」の源泉としては読まない方向を。

「福音」は歴史概念。イエスの出来事との呼応関係で読み取られる「福音」は「まとめられた使信(package message)」ではなく「出会いの出来事(a matter of encounter)」である。

 教会の歴史は、この両面の拮抗関係の歴史。「百円でポテトチップスは買えますが、ポテトチップスで百円は買えません」。例えば「福音における人権の再発見」(教職研修会テーマ)は、福音を歴史的法概念(ポテトチップス)に媒介させて、出会いの出来事を起こしてゆく営みであった。固定化・文言化した「信条、信仰告白文」が「福音」そのものではない。西中国の教職研修はこのことに力を入れてきた。

2−5.福音の現実的出会いの出来事

 原爆(核問題・清鈴園運動)、米軍基地撤去運動(岩国)、多民族共生・民族差別撤廃運動(在日・下関)、部落解放、政教分離(中谷裁判)、職域伝道(労働講座、瀬戸内各地)などの運動や闘いは、「福音の現実的出会いの出来事」として展開された。

3.「日本伝道150年」の発想はいけません、何故か。

「日本」の概念で「伝道」を締めくくるのは良くない。

 沖縄やアイヌや在日朝鮮・韓国人にとって「日本」は中立概念ではなく「歴史的抑圧者」の概念。

「150年」は沖縄を疎外する。ベッテルハイムの伝道は江戸幕府と薩摩藩のキリシタン禁教政策への抵抗の営み(現地では失敗に終わったが、貧しい者にイエスの福音を宣べ伝える宣教の姿勢はジョナサン・ゴーブルに受け継がれ、現在神奈川・寿地区での働きに継承されている)。

4.「問う」という作業は「忍」の一事

4−1.「問う」ことの意味

 問題点を絞って対話すること。対話のルールがある所では可能。対話のルールがないところでは、ルール作りをしなければならない。対話のルールとは何か。ルールは相手との共有を前提とする、停戦協定からはじまる。

 以下は教団主流派の言い分とのやり取り。

「お前らは1970年代、暴力を使ったではないか。対話のルールを壊しておいて対話とは何か」

「数の暴力は暴力にはならないのか。アジアの弱者を踏みにじる内容批判に耳を傾けよとのメッセージを、機動隊によって、あるいは会議の多数の<暴力>で踏みにじったではないか」

「あなた方、出会い、出会いというけれどね、それは福音真理の相対化を起こし、真理を人間化するものですよ」

 批判は続く。

「福音の真理は人間化されない。神の真理で絶対的絶対性を持つ。啓示の一回性、そのイエスの贖いの出来事の相対化は我々は譲れない信仰の命なのだ」

「伝道はこの出来事の言葉による伝達であって、その伝達の日本における始まりを記念し、今日停滞している<教勢不振>を神に悔いて(「社会派」による伝道への怠慢を反省して)新たなる日本宣教へとスタートを切るのが150年の意味である」

「絶対性という場合、それが”神の”という絶対性を主張しているつもりで、それが観念的絶対性になってしまって、相手を切り捨てるか、(信仰告白文や綱領による)観念的一致へと強制しかねないことを憂うるのですが。如何なものでしょうか。我々は<出会い、あるいは対話>を方法論的手段にするわけではないです。あくまでそちらの概念に沿って(それを歴史化しつつ)言葉のやりとりを含め、生存の共存を共有しようと思っているのです。それが、いわゆる福音的なことだと理解しているのです。」

(サイト記)上記イタリック部分のオリジナルは次の通りです。
(信仰告白文や綱領による)観念的一致へと強制し、「異なったもの」との「共存」という、生産的営みにならないことを憂うる

4−2.あるルール「神奈川教区形成基本方針」

「…教区内に相違や対立がある現実を率直に認めると共に、それらの相違や対立を抱えつつも…真に「一つの教会」であることを「形成」することを目指す形成途上の教会であることを確認した……」(前文)

「我々は対立点を棚上げにしたり、性急に一つの理念・理解・方法論に統一して、他を切り捨てないよう努力する。忍耐と関心をもってそれぞれの主張を聞き、謙虚に対話し、自分の立場を相対化できるよう神の助けを祈り求めることによって、合意と一致を目指すことができると信じる」(本文)

「日本基督教団 神奈川教区 教区形成基本方針」(1994年2月26日 第91回教区総会制定)