伝道のよろこび(2008 発題)

2008.10.6(月)清水ヶ丘教会(横浜)
日本基督教団 神奈川教区 伝道委員会

(単立明治学院教会牧師、健作さん 75歳)

1「よろこび」の根拠

1−1.「福音が前進する」と絶叫の説教を語った高倉徹牧師の事

 高倉徹(1916-1986)。高倉徳太郎の長男、日本神学校卒、上原教会伝道師、日本陸軍「応召」、軍隊脱走・それゆえに延命・復員、岩国教会牧師、日本基督教団総幹事、農村伝道神学校校長、阿佐ヶ谷東教会牧師。隠退。「晩年はうつ病に悩まされ、自ら命を絶った」(『日本キリスト教歴史大辞典』 p.821、教文館 1988)享年 69。

 私は、神学校卒業後、西中国教区で出会い、岩国教会の後任を務めた。

 彼の「福音の前進」(ピリ1:27-30)という説教を聞いて、心に残っている。あまり構造化されてはおらず、筋らしい筋もないまま、時間が過ぎていった。しかし、最後のところで、顔を真っ赤に紅潮させて「福音が前進する」と絶叫して終わった。その時、聴衆は、ああそうか、「福音が前進」するのだ、という深い慰めと励ましを与えられた。

1−2.「そこにイエスがいるから」とネパールでの使命(ミッション)を。

 岩村昇(1927-2005)。鳥取大医学部卒、1962-80年、日本海外医療協力会よりネパールヘ派遣され医療活動に従事。1980年以降、神戸大学医学部教授。その頃交わりを与えられる。「なぜ岩村先生はネパールにゆくのですか?」の問いへの答え。
「そこにイエスが……」。

1−3.伝道は「神の業」

「ミッシオ・デイ」(神の宣教)の神学には慰めがある。
 ミッションは「使節の特派、伝道、布教、使命、派遣」の意味。
「宣教」は日本語の「伝道」(言葉による伝達)よりやや広義の意味。
「伝道のよろこび」はそれを含めてある。

2.伝道の喜びは「神の業」への参与

2−1.一人の盲人の牧師のこと

『信徒の友』(2008/10月号)「視力を失って知らされたこと −『みこころ』は私たち一人一人を通して」(筒井昌司。北海道・旭川豊岡教会牧師)の記事のこと。

 何年か前、一人の青年が神戸教会の前を行ったり来たりして、ついにある日、教会のドアを押して教会を尋ねてきた日の事を思い出す。

「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫びの声を聞き、その痛みを知った」(出エジプト 3:7、新共同訳)

「叫び声を聞き、その痛みを知る」ことに喜びがある。

2−2.教会を尋ねてきた母とその娘さんの事

 母(両親)には二人の娘があり、その母は「優れた」小学校の教師。下の娘は登校拒否から、母の配慮で外国留学の備えをしていた最中に自殺。母は小学校教師を辞める。

 上の娘さんは大学法学部出身。妹の死から深い自殺願望に陥る。

 精神科以外に、幾つかの教会訪問の末、私のいる教会に出席。私なりのカウンセリングを続けていた。

「死にたい」の会話の連続。ある日「死にたかったら死んでもいいんですよ」の一言を僕。

 恐ろしいまでの緊張。次の日曜礼拝出席で晴れやかな顔を合わせた時の喜びは大きかった。

 母の受洗。

 伝道の喜びは、逆説の共有にある。