イエスとニコデモ(2008 断片)

2008.1.13 保存ファイル、集会資料か、詳細不明

(サイト記)本ページで「K」「S」と表記した箇所は、オリジナルには人物名が記載されている。発表誌不明、引用文献不明、厳しい言葉遣いなので、それぞれK、Sとするのがよいと判断した。むしろ賀川から岩井文男宛の手紙の資料価値を重くみた。

明治学院教会牧師 74歳

聖書輪読 ヨハネ福音書 3:1-16
讃美歌21 463 わが行くみち、461 みめぐみゆたけき

「イエスとニコデモ」新共同訳 ヨハネ福音書 3:1-16

(1)さて、ファリサイ派に属する、ニコデモという人がいた。ユダヤ人たちの議員であった。(2)ある夜、イエスのもとに来て言った。「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。」

(3)イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」(4)ニコデモは言った。「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」

(5)イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。(6)肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。(7)『あなたがたは新たに生まれねばならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。(8)風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」

(9)するとニコデモは、「どうして、そんなことがありえましょうか」と言った。(10)イエスは答えて言われた。「あなたはイスラエルの教師でありながら、こんなことが分からないのか。(11)はっきり言っておく。わたしたちは知っていることを語り、見たことを証ししているのに、あなたがたはわたしたちの証しを受け入れない。(12)わたしが地上のことを話しても信じないとすれば、天上のことを話したところで、どうして信じるだろう。(13)天から降(くだ)って来た者、すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。(14)そして、モーセが荒れ野で蛇(へび)を上げたように、人の子も上げられねばならない。(15)それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。(16)神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。 

この聖書箇所に関して検討したこと

(1)ニコデモの出てくる他の箇所

・ユダヤ人指導者たちの不信仰 ヨハネ 7:50-51

 (50)彼らの中の一人で、以前イエスを訪ねたことのあるニコデモが言った。(51)「我々の律法によれば、まず本人から事情を聞き、何をしたかを確かめたうえでなければ、判決を下してはならないことになっているではないか。」

・墓に葬られる ヨハネ 10:39

 (39)そこへ、かつてある夜、イエスのもとに来たことのあるニコデモも、没薬と沈香を混ぜた物を百リトラばかり持って来た。

(2)「新たに生まれなければ」の訳と意味

・上から生まれなければ(小林稔)

・上からうまれないと(バルバロ)

・新しく生まれなおさなければ(八木誠一)

「上から」には「新たに」の意味もある。次の箇所で同じ言葉が使われている。

 ヨハネ3章31節「上から来られる方は、すべてのものの上におられる。地から出る者は地に属し、地に属する者として語る。天から来られる方は、すべてのものの上におられる。…」

 ヨハネ19章11節「イエスは答えられた。「神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪はもっと重い。」」

「新たに」には「神から」の意味が含まれる。

12月集会の話

 自分の大事にしているものを捨てて、自分を変えること、をめぐって、

「神様と私が結ばれているから、満たされている。」
「捨てたら無くなるのではなく、何か新しいものが与えられる。」
「捨ててもまた次に捨てるべきものが出て来てエンドレスになるが、それでもイエスは見守ってくださる。」

 などいろいろな話が出た。

新しく生まれることをめぐって

(1)「新しく生まれる」を信じている具体例がない

 Kは「信仰を持った人でも、新しく生まれたということを信じることができない人がたくさんいる」(サイト記:引用元不明。確認でき次第修正します。p.143)と書いて、「神の霊によって新しくうまれるのです」と解説しているが、「新しく生まれた人は、こんなに生き生きと生きています」という話はない。Kの解説は、聖書の言葉をくだくだと繰り返しているだけである。日常生活の中で霊はどのように働いて、日常生活がどのように新しくなっていくのか、具体的な説明がない。

 だから、これを読む人も、言葉だけで「キリスト教ではそうなっているのです」で終わって、日常生活は、新しく生まれ変わることと無関係になってしまう。

(2)「不安やさびしさがあっても救われるのです」では救われていない

「信仰者は、死に際して、なお不安が残るにして……、不安を持ちながらも、どこか一点で神に信頼し、……自分をゆだねることができるのではないでしょうか」

「社会的にも家庭においても中心的役割をはたすことから遠ざかりますので、老後のさびしさが強く感じられ、そこに神の恵みを認めることが困難になります。」

 これは、S(「「老い」と「死」への備え」、「信徒の友」2008年1月号 p.50-52)の一部である。

 これでは、新しく生まれていない。私は病弱だったので「いつ死んでも私の人生は完結している」と思って生きてきたから、死に関してこんな不安を持っていない。死に不安をもっては、信仰者と言えない。

 また、隠退生活でも老後のさびしさなんて感じたことがない。ここの例は、中心的な役割を果たす人間の方が、周辺的に暮らす人間より価値が高いという、イエスに反する人間観である。こんな例をあげるこの牧師は、イエスを信じているのだろうか。

 キリスト教の話では、人間を否定的に捉えて、贖罪論を説く論法をよく見かけるが、それは、自分の身近な人間との具体的生活のなかで、できるだけ多くの人間をみて、そこから信仰を考えないで、日常生活とは無関係なところで、解説書を読んで「人間はこうなんです、老人はこうなんです」などと決めつけて、説教したり、書いたりするからだと思う。

(3)新しく生まれることは、生活が日々新たになること

 生活の匂いのしないところで、新しく生まれるのです、と唱えても、空々しい感じがする。新しく生まれることは、「日々是好日」「一日一生」というように、与えられた今日1日を、毎日変わっていく状況に応じて、新しく生活をすることである。私の今日は、すべて過去に繋がっており、今日の生き方は将来に繋がるという、終末論的生き方だ。だから、いつ死んでもいいのだ。私の今日生きたことは将来に繋がって、永遠に生きていくのだ。

 衰えたら衰えた現在を生活し、病気なら病気の今を新しく生活すればよい。自分の思い通りにならない人間関係があれば、それに応じた新しい生活をすればよい。どんな場合でもイエスが支えてくれる。

(4)からだ(肉体)を考えない肉と霊では生活が抜ける

 Kは、ここでの「肉」は、からだを考えない方が分かりやすい、として、肉と霊を対比させている(サイト記:引用元不明。確認でき次第修正します。p.144)。

 私たちの日常生活は、からだで成り立っている。そのからだを抜きにして、肉と霊を論じても、お遊びのお話でしかなく、信仰が、現実の生活のなかに入ってこない。

 私は、霊も肉もからだで感じとるもので、言葉だけでは、頭だけでは、わからないと信じている。毎日、健康のためにヨーガの簡易体操をやっているが、瞑想し、呼吸を整え、からだを整えているとき、私の意志とは無関係にからだが動くことを体験する。私の体は、私が動かしているのではなく、何者かに動かされている。そして、私のからだは、神が創造されたこの宇宙に開かれ、支えられている感じがする。私は、からだを通して、日々新しく生かされていると実感している。

 私のヨーガは、かつてNHKの番組で、インド哲学者・佐保田鶴治及びその弟子たちに教えられて、自己流に独習したものである。そのとき、佐保田が「キリスト教は肉体を軽視して人間を全体的に観ていないからだめだ」と批判していた。KやSの書いたものを読むと、それは当たっている。

 しかし、医者と薬に頼らず病気を克服してきた経験、これまでここで読んできたイエスの癒しの物語では、イエスは決して肉体を軽視していないし、肉体と心を分離していない。私は、からだを通してイエスの声を聞き、からだで霊の働きを感じて生きている。

 Kのように、からだを抜きにして、いくら論じても、それは生活の中での信仰にはならない。だから、Sのように、生活の中で嘆きながら、その一部を神様にすがりつこう、などと情けない信仰になる。それで信仰者と言えるのか。

(5)賀川豊彦は新しく生まれ変わることを指導した

 賀川豊彦は、自ら絶えずイエスによって生まれ変わっていたから、それぞれの状況に応じて、いろいろな仕事をし続けたのだと思う。

 それだけでなく、貧しく、悪い条件で働いていた、労働者や農民に、自分たちで生活を改善し、新しく生きていく力をつける指導をした。それが、労働組合、消費組合、など多岐にわたる組合運動であったり、立体農業運動であったりした。絶えず、生活の中で新しく生まれ変わることを主張したと思う。

 また、膨大な著作や伝道集会などで、言葉によってイエスを伝え続けた人でもあった。しかし、中学生のころ演説を聴いて握手してもらった経験や、父からいろいろ聞いた話などから想像すると、それは頭だけの言葉でなく、常にからだ全体で訴えていた気がする。まさに霊的な宗教家であった。

 次に紹介する私の父宛の賀川の書(縦書き)は、賀川の生活の中での信仰をよく伝えていると思う。

世俗に堕せずして
世俗に超然たるを
真の仙人といふ
市井に隠れて
猶自然の雰囲気を
呼吸するもの
これを神の子といふ

富士山麓にて
1932.8.9
豊彦

岩井文男兄

(1932年、岩井文男は賀川傘下の農民伝道に岐阜県賀茂野で従事していた。当時30歳。賀川著『一粒の麦』の出版は前年1931年。)

(サイト記:健作さんが生まれるのはこの手紙から一年後の1933年8月1日。文男さんは1933年には軍隊に再召集され、即日除隊。大日本帝国の軍隊は1931年の満州事変を経て大陸に侵入、1933年国際連盟脱退、という戦争の時代であった。1934年4月に文男さんは同志社大学神学部に入学。)