『教師問題』と教会の日常(2007 公開協議会・発題)

2007.4.29(月)、「教師制度、按手・准允問題 公開協議会」
於 兵庫教区クリスチャンセンター
(おそらく文字起こし)掲載誌不明

(明治学院教会牧師、73歳)

《発題》

こんにちは。こんばんは、と言ったほうがいいのかもしれません。

 非常に限られた時間なので、レジュメに沿って(▶️ レジュメ)発題をさせていただきます。45分ですから、あとの一時間余りの討議の足しになれば、と思います。

 神戸栄光教会で行われた「協議会」については、わたしはその記録やテープを聞いておりませんので、それがどういうふうに継承されるかということはちょっと不安がありますけれども、前二回の公開講座については、記録を読み、テープを聞きました。


 新免さんの最後に言っていることは、非常に全般的なことですけれども、ひとつの方向付けになっていると思います。レジュメの三行目です。

「2」の四行目(サイト記:レジュメのナンバリングに沿っています)、

「キリスト教は社会から疎外され、捨てられ、苦しんでいる側の人々と共に喜びと悲しみの交流をしながら生きていくイエスの生き方を『福音』と理解した」と言います。

「当然私たちの教師理解もその認識に立たねばなりません。単なる教会論、神学、キリスト教学や聖書学などの枠内での論理に引きずり込まれてはならないと思います。自分たちで考え、自分たちで立ち上がり、自分たちで自前の教師像を構築して参りましょう」と言うんです。

 これは、とりあえず、制度上の「教師」というものを実質的「役割」へと内実化していく方向を指し示しています。

 わたしの言葉で言えば「教師であるより前に“人間”であれ」ということなんです。このセリフは、わたしは米軍の岩国基地で「兵士であるより前に人間であれ」ということをデモの度に叫んできました。兵士であるより前に人間であったら、軍隊はつぶれるんです。だけれども、もしその感覚を少しでも持っていたら、あのイラクでの収容所内での虐殺は兵士自らの判断ではしなかったと思います。そういう意味で、プロフェッションということ、つまりプロフェッショナルという言葉は、「僧侶」と「医師」と「法律家」を指して言った言葉ですけれども、そのあと「建築家」とか「科学者」とか「教育者」とか「技術者」とか「政治家」とか、いろいろな意味で使われています。プロフェッションということはその専門職なんですけれど、そのプロフェッションであるより前に必ず人間であるという根底があるはずなんです。これは中世に確立した一つのルールです。それは近代で歪められ、現代では相当歪められていますけれども、個別課題を扱う前に事柄の全体の根底を貫く、そういう方向というものが何かということです。「人間」という言葉も広範囲に使われますけれども、もちろんわたしにとったら「人間」というのは限りなく「イエス」だということです。新免さんの講演は、わたしはそういうふうに受け取りました。


 次に高橋さんの講演ですけれども、これは現代の「教団」と言っても「キリスト教」と言ってもいいんですけれども、「聖書学」に対する無知が呼び起こした概念のやり取りの「対話が噛み合わない」ということを盛んに高橋さんは言っておられました。つまり、歴史文書への無自覚さというものが、「3」の四行目です、「教会的」発言とは対話が噛み合わない。彼は、ピーター・バーガーの論理を借りて、もともと「宗教」というのは「脱出・解放」というふうな要素と「統合・共有」という要素の二つの側面があって、イエスは限りなく前者が強い、パウロは後者が強い。でも、パウロを全面的にそれで否定することはないだろう、と言っていました。これは、少なくとも終末論において、現在神の国はやってきているという理解を持っていたイエス、「現在が神の国なんだ」とイエスは言います。パウロは、その終末論の遅延において、将来に向かって生きていかなければならないから、教会というふうな歴史の時間を生きるという、この違いだと言うんです。

 で、われわれは歴史の時間を生きているわけです。そういう意味で、後者の「統合」の論理がだいぶ強くなりますと、どうしても教会の形成ということが行われる。

 教会というものが何かということを、新約聖書の教会論ということは成り立たないので、新約聖書の各文書がどういうものを持っているかということを歴史的に検討するということ、こういうことを怠って、いわゆる「信仰」の全般的論理から説教がなされている、キリスト教理解がなされているということに対する噛み合いの違いが、現在の教団の問題を起こしている、ということです。

「派遣」という、手を置くということなんですけれども、高橋さんは「手を置く」というのは、派遣・祝福の所作だと言う。「派遣」は聖書文書では多様な形を持つ。たとえば、マルコの最後の16章7節の「ガリラヤに行ってお会いできるだろう」というのは、これはひとつの、ガリラヤにもう一度戻していく、派遣なんだ、と言う。高橋さんは新約学をやっておられる方で、そこまで言っているわけです。もちろん、旧約には手を置くというような意味での祝福の仕方とか派遣とか契約とか約束というのがあるわけですけれども、しかし一方では、高橋さんは、「ももの下に手を入れる」というやり方だってあるんだ、というようなことを言っているわけです。それで、必ずしも手を置くという所作が按手礼式の唯一の所作だというふうな理解というのは、これはまさに制度的教会が権威の継承としてやってきたことなので、テープだとわかんないんですけれども、高橋さんはあの講演の中で、どういう格好をしたのかわかんないんですけれど、ぼくの想像では、やっぱりこういう祝福の格好がある、ということを言ったんではないか、と思うんです。ビデオだったらわかるんですけれど……。

 そういう意味では、祝福というのは「祝祷」というのがあるように、こうやって挙げる人も片方だけ挙げる人もこんなふうに挙げる人も、いろいろありますし、「恵みを受けるんだ」と言ってこうやって挙げる人もいるわけです。これはきわめて自由なものだと思います。だから、兵庫教区が何か新しいことを考えて欲しい、というのは高橋さんの提言です。だからあの、19号議案で言った「宣言をする」と言ったときに、みんながガーッと手を挙げたら、それはもう派遣のしるしになるわけですし、手が触れたかどうかなどという神学的議論はまた教団でやってもらったらいいと思うんですけれども、それぐらい自由にやったらいいだろうと思うんです。ですから、宣言というのは、つまり、教団だけではなくて、今の正統主義のキリスト教の制度化された教会に対する問題提起をしているんです。問題提起というのは、みんな個人でやってきているんです。

 イエスはキリストではない、という本を書いて問題提起をしている教団の教師がいます。この近くにいるんですけれども、横積みで売れています。よく売れています。「イエスはキリストではない」と言っているんですけれども、そんなら教団の教師を辞めさせられるかというと除名はできないんです。「除名してくれるとありがたい。そうしたら、神学論争をおおいにやるんだ。イエスはキリストではない、と思っている人はおれだけじゃない。教団で大いに言う」と言っていたんですが、ある意味で、根底的に言うと、カルケドン信条以後の歴史のキリスト教というのは、根本的に問われているわけです。やっぱりそういう大きな視点で見れば、制度的教会の中の一教区がああいうことをやったというのは、ボクはものすごく評価します。こんなことでメゲていたらアカンと思います。非常に僅少さではあったけれども、本当に議論をやって決議をしたのですから。あの19号議案の決議というのは意味あると思っているんです。


 次に進みます。「教師問題」というのは、やっぱり、みなさん、わたしでもそうですけれども、イメージを持たなければいかんと思うんです。たとえば、今日配布されたこの資料です。これを読んで、どういうイメージを抱くか。最初の二ページぐらいのところに、どなたがまとめたのか知りませんが、按手礼をめぐる経過というのが3月19日付けの資料ですがまとめられています。これにザーッと目を通しますと、いろんなイメージを与える語句が出てきます。

 たとえば、「九号議案」とか、これもかなりな問題提起です。ところが、その問題提起をしたけれど、片方では教師の推薦をどんどんする教区というのは何か、片方では補教師のいる教会の問題を何とかしなければいけないという、ダブルスタンダード。

(サイト記:本文中「九号議案」と「19号議案」は別ものです)

 それでもって「緊急避難的措置だ」という。これは信仰職制委員会が九号議案について見解を出した時の文章の中にある言葉です。あの時は、信仰職制委員会は九号議案を非難していないんです。「緊急避難的措置だ」と言うんです。「苦渋」という言葉も信仰職制委員会が使っています。

「国家に迎合」「アリバイ的に」「二股になっている教区」「一度たりとも正教師になった人は責任を持て」、これなんかきつい言葉です。ボクなんか正教師をずっとやっているわけですから。これはなかなかきつい、「お前、何していたんだ!」と。「九号議案を決議した人たち」、ボクも九号議案の決議に参加をしましたから、これはなかなかきつい言葉で、問題提起の言葉です。

「九号は現場の問題だ」、これは信仰職制の問題だとか、教憲教規の問題だとかと言われたときに、「現場の問題」に引き戻していく。そして、毎回、毎回、これは高橋さんも言ってましたけれど、ボクも神奈川の総会に出てみて、いそいそと出て行って按手礼式の時にやるんです。ボクは兵庫教区で議長もしていましたから、その時、按手礼式をしました。だけど、本当に問題の意識は浅かったと思います。その後、按手礼式のこれには参加しないという気持ちを固めて、按手礼式の時を過ごしています。

「三委員会連絡会報告書」というのが何回も出てきます。教団で教師問題を討議するとすれば、「三委員会連絡会報告書」の五冊が基本的な資料です。これは、どこかで復刻するとか何かをして、共通の資料にしなくちゃいけないし、これの中の論文の大事なところを要約していかなければいけないだろうと思っているんです。

 それから「教師とは何か」、これは非常に大きな問題ですけれど、結局、これは信徒と教師の間の問題として問われている。これの歴史については、とても古い歴史がありますけれども、それぞれ学者たちがそれなりのまとめをそれなりに勉強の材料としております。

「教区総会出席者全員が自ら責任をもって」決議に参加するということは責任がある。このことは、その後の総会で決議をしたということについて、もちろん反対意見の人たちもたくさんいたわけですけれども、その反対意見をもってどう関わっていくか。

「153名中79名」、教団の現状、教区の現状を示している数字です。この数字は、数が多かったからよかった、よかったという話ではなくて、この数に表されている現状というものをしっかりわきまえていく必要があるだろうと思います。

 次の「19号議案決議(の正当性)は主張」、これは次の総会の時に、やはりこの問題を、「19号議案決議の正当性」をきちんと確保しながら次のステップに進むということをしないと、と議長が言っている言葉です。

 同時に「教師の地位保全」をしていくという、このことについては、ずいぶん、確かな方法を取られたと思います。按手礼式の前の五人の教師の言葉を見ました。「品位のない発言」をされた方がおられたようで、それを多少攻撃している方がひとりおられましたけれど、他の方は、集まってきてやってくださったことに大変感謝している、という。

 それから、「34/6常議員会決議」、これは突っ返してきた決議です。この常議員会の論理というのは、政治的であることを菅根議長が言っていますけれど、まさに兵庫教区のやってきた歴史性と主体性を否定をしている。

「力不足を反省」、これは議長の言葉なんですけれど、うまく説得できなかったということではなくて、やっぱり教師問題を教会の日常性において取り組んでこなかったということの、そういう意味での、つまり「迫力のなさ」だと思います。それともう一つは、キリスト教は2000年の歴史があるんですから、その歴史に対して、その歴史に通じる言葉をきちんと構築していくという、そういう努力というものが必要なんだろうと思います。

「教団の政治状況」、これも議長の言葉なんですけれど、教団の政治状況というのはやっぱりそんなになめられない。数で来ているわけですから。まさに、安倍政権が「憲法を改正する」と居丈高に言っているという、そういう政治状況と似通ったものがあるということです。

「関西神学塾」、これは今度のこの会の共催の大きな片方の担い手なんですけれど、そもそも「教職と信徒の神学講座」というのをずっと兵庫教区は続けてきて、これは教師問題が起こった時にそのことについて勉強をしようと、まさに受験拒否をしている人たちの神学的な学びを深めていこうというようなことは、教区が主催であったけれど、それが教区から離れて神学塾という、いわばNGOです、有志の団体によって担われている。今教団の大事なことというのは、やっぱりその有志が結合したところによって担われているんです。任意の団体であるけれども、教会との基盤をもったひとつの働きです。たとえば、「合同のとらえなおし」の問題でも、「求め、進める連絡会」というようなかたちで担っているわけですけれど、そういうことの担い方が、非常に政権といいますか、政治機構を担っているところが硬直化した時にそれをほぐしていく意味で、歴史のひとつの知恵だと思います。

 それから「協議会の開催」、まさに今回、三度の講座と協議会が開催される。今、教師問題で協議会が開催できる教区、する教区、兵庫教区しかないです。そういう意味では、ここに集まってこういう協議会ができているというのは、すごく貴重なことなんです。生きた教団の枝でもあるんです。


「5」に行きます。教師問題の発端が示唆している二つの事柄。

 発端というのは、そこに書いておきましたように、「日本基督教団の二種教職制はメソジスト等の監督制〈教職〉における、長老・執事〈信徒〉の職制を継ぐものであるが、それが宗教団体法との対応において、国策との妥協〈旧メソジストの教会主管者で長老・執事〔信徒〕が務めていたものを教師に編入〉を可能にする方向で採用され、教職制〈説教職の務めは礼典と不可分との福音主義教会の基本〉としては曖昧なものになってしまった。この故に早急な改正が必要である」。これは『報告書Ⅰ』に、括弧つきで引用してあるのですが(〈 〉内は岩井註)、論文を書いた人の言葉ではなくて、この論文を書いた人がどっかから引用してきたんですが、その引用がどこの書物の引用かということは調べたんですけれど、よくわかりません。これは、外国の辞書じゃないかと思います。日本基督教団のことについて書いた外国の辞書がだいぶありますけれど、その中の一つじゃないだろうかと、わたしの想像ですけれども、書いた方がいらっしゃいますから一度聞いてみたいと思います。

 この中で、二点あるんです。①のところで、「国策との妥協」というんです。これは、国策というのは国家、天皇制権力ですが、それに飲み込まれた経験というのは、これは歴然とした経験ですから、負の遺産として意味づける。明示以来のキリスト教の権力との関わりのありようへの「正負」の歴史認識を促す。「正負」というのは、権力に対して抵抗したというふうな歴史をずっと日本のキリスト教は持っています。それから、それに呑まれたという歴史を持っています。この歴史認識をきちっととらえなきゃいけない、ということです。特に、戦争責任、これは戦争に協力した責任のことだと思いますが、戦争協力責任の宣教的展開への促し、この責任をどういうふうにわれわれの教会の宣教という時に、きちっと顕わにしていくかということなんです。これをきちんとするということが、教師問題の根底にあるわけです。教会の共同性、「共同性」という言葉をこれに使っていいかどうか、「共同性」というのは良い意味でも使われますし悪い意味でも使われるんですけれど、少なくとも教会の共同性が権力の補完に傾く時、必ず縦関係になります。そして象徴的に言えば、解放の神学の中ノ瀬重之神父が非常にわかりやすく△で象徴しようと言っているような、三角関係の補完です。

 今日、来る途中、新聞の記事を読んでいたんですけれども、刑事裁判に市民が参加するということ、そして被害者が参加するということ、それはまさに刑事事件というものを国家が預かって法の体制の中でやっていたことを、まさに復讐の論理の枠の中へ踏み込んでしまうので、刑事裁判がほとんど権力構造の中で全部取り入れてしまうだろうというようなことを、井上さんという法学者が書いている。それと同じような意味で、わたしたちの生きている世界というのは、その権力構造の中にいろんな形でもって組み込まれていくという。教会ももちろんそういう構造を持っているわけですけれども、そういう構造を補完していくことを自覚して、どこかで歯止めをかけていく。これがやっぱり、国策との妥協ということで示されていることです。そして、社会の阻害層からの問いかけの受け止めということですが、つまり、一番疎外されている層からその叫びを聞くというのは、社会をもう一度、そこから見直すということですけれども、これを横関係といって、◯構造を理解すれば、◯構造を可能にする共生へと絶えず跳躍をしなければならない。教会というのはそういう岐路にいつも立っているわけです。どの問題を扱ってもそういう岐路に立っているわけです。その教会を構成する人間関係の質はリーダー、つまり教師、教師は常に「召命」と「委託」ということに、教会の委託によるわけですけれども、その質と教会の共同性の質とは相関関係にあるわけです。ルターはこのことを「万人祭司」と表現したということは、そういう意味では少なくとも、横関係、◯の方向に向かってリーダーが作用していくということ。「教職の権威とは何か」という「権威」は、高橋敬基さんに言わせれば、仕える権威だ、とことん足を洗う権威だ、という。だから按手礼式も足を洗ったらよかろう、と提案しているわけです。そういうところに絶えず引き戻されていく。こういう「国策との妥協」という言葉は、そういう意味内容を持っていたわけです。

 それから「曖昧なものにしてしまった」という②ですが、これは、言葉、「説教」というのは「言葉」による真理の伝達です。これを「真理契機」というふうに言うとすれば、「交わり(コンミュニオン)」、これは聖餐に象徴されているような、コンミュニオンの象徴としての礼典というような。礼典というものは、閉鎖的な「この中のこと」だけではなくて、ここから礼典が行われた外の世界を限定するわけです。だから、ある牧師は、聖餐式の時にパンが残っていたら、配り終えて残ったパンがどういう意味を持つか、というような、これは飢えている人たち、この人たちに分かち与えられるパンとしての象徴としての意味を持っている、と言うんです。これは「残り」じゃないんです。お盆が回ってきて残っているパンというのは、われわれが預かった、世界の人のその飢えに対して意味を持っているパンなんだ。そういう意味では、コンミュニオンというのは「交わり」というものはその世界の問題ということを引きつけて、われわれが真理の言葉を体得するんです。真理契機と体得契機という言葉を並べてみます時に、真理契機が体得契機と乖離をした時に教会は死にます。教会が死ぬって言ったって、人間だってそうです。ボクもよく言われます、「あなた、ホントに言葉だけだ」と。「ウチはこういうふうにしたらいいんじゃないか」と言うと、「ウチ」にはわたしと家内しかいないんですから、「ウチはこういうふうにしたらいい」と言うと、「あなたがやればいいんじゃない。ホント、言葉だけなんだから」なんてよく言われます。言葉というのは、それが体を持たなかったら、言葉としての意味は持たないわけです。そういう意味で、「言葉のみ」の教職=「補教師」の存在を強要してしまったことは、何も教職制が一つになればいいということではなくて、日本の近代の知識人層によってプロテスタントが受容されたという、まさにプロテスタントというのはパルピット、講壇の教会を形作ってきたんです。これは決して間違いではありません。ボクも神戸教会のあの段の高いパルピット・講壇の上から24年間、説教をしてきましたけれど、ある時には後ろに座っている椅子から講壇までの距離が本当に遠くて仕方がなかった。それは、言葉としての真理契機を語るということが、体得契機としての交わり、教会員に対するひとりひとりの一緒に重荷を負っていくという牧会ということでもありましょうし、しかし説教は教会堂の壁の外で聞かれているわけですから、壁の外で聞かれているこの現実の問題、現実の社会の問題に、どれほどこの言葉は届くのか、ということを考えれば、本当にパルピットの教会をどういうふうにして体を持っていくかという問題です。

 ところが、言葉における教義と倫理の関係というのは、言葉が倫理まで規定するんです、神学においては。だから、世の中のことはみんな神学的位置づけをされて、個人倫理、社会倫理が全部聖書から出てくる。こういう倫理構造を持っているところでは、言葉が体得契機にならないんです。働きが常に抽象化されていくんです。

 糸賀一雄さんが「この子らに光を」と言った時に、福井達雨が「『この子らに光を』じゃない。『この子らが光を』なんだ」と言うんです。

 そこから光を受けなければ社会福祉はできない、という形で、社会福祉の大先輩に「ケンカのタツ」と言われる福井さんが抵抗したんです。まさに真理契機と体得契機というのは、相互の方向で深まっていく。

 真理契機と体得契機は相互の方向で深まっていくことで、曖昧さは克服されるんです。「二種教職制」は体得契機を基本的なところで無視していることの象徴でありました。平良暁生さんが「報告書Ⅲ―1」のところで言っている問題提起というのは、たとえば、二種教職制で、事柄を逆にして、説教だけができる教職というのではなくて、逆にしてみればいいんです、聖礼典だけができる教職というのが派遣されたとしたらどうなるのか。この問題を、根源的にはメソジストの教職制をこちらに取り入れてしまったという、歴史家が調べたらどういうご指導があったのか知りませんけれども、この時に起こってしまった、ということです。

 時間がありませんので、先を急ぎます。

「教師問題」は狭い特別な問題ではない、というところです。「教師問題」に象徴される「日本基督教団の問題」は、狭い意味での「教会の正常化」の問題に矮小化されてきてしまったんです。例えば、「教憲9条の改正」をすれば教師問題が解決されるとみんな思っているんです。そんなことはないんです。高橋さんが指摘するように、「教会の統合論理」がもう一つの「脱出・解放論理」から相対化される、その大きな伏線があって、「教師問題」というのは、日本基督教団が、負の歴史であるけれども、これを契機に日本基督教団というものが教会として生きていく再生の契機になり得る逆の問題を担っているんです。だから、教会の日常性があって、そして教師問題は今日みんなが勉強しなければいけないからアリバイ的にここに来て勉強するというんじゃないんです。ここの勉強会が、この協議会が、教会そのものなんだ。教会の日常性なんだ。そのことをわたしは強くこの発題で言いたいと思っているんです。

 第二次大戦下、宗教法人法による国家主導の「教会合同」以後の歩みは、一方で「宣教基礎理論(1963)」「戦争責任告白(1967)」「70年代の問題提起」「聖書学との対話」など、そういうことで開かれた、つまり制度的教会がもう一度「解放の原理」へ帰っていくというような、これは神学で言えば、「イエス」と「キリスト」との分離の中でこの関係をどう扱っていくのかという、一つの聖書学の主題にもなるわけです。開かれた思考と行動が地道に営まれてきたんです。ここには、ほとんど最年長になられた桑原さんが、桑原さんは80歳になって本当の邪蘇になったというんです。桑原さんは一生懸命このことを70年代の問題を提起してきたわけです。70年代の問題提起は、これを激しく問うたんです。しかし、教会の「制度的・統合的側面」を整えることを第一義的に捉える流れが支配的になってきている。それはどこに由来しているかというと、最初の教団規則です、1941年(昭和16年)「教義ノ宣布」ということが入っています。日本基督教団は何をするのかというと、教義の宣布をする。そのことが信仰告白の制定となり、制度としての教会を固める教会形成論に集約されてきているんです。70年代の問題提起を根源的にこれをきちんと受け止めればよかったんですけれども、これを受け止めきれずに、教会保守の硬化が誘発される、逆に教会の硬化を誘発してしまいました。正統主義が、わたしは正統主義が悪いとは思わないんですが、正統が絶えず異端から問われながら、異端と正統というのはどっちがよくてどっちが悪いというのではなくて、そういうものがいつも基本的に緊張関係にありながら物事は進んでいくんですけれど、その正統主義が政治性を帯びた、ということです。正統主義が政治性を帯びて意識的結合を招き、閉ざされた共同性が優先して、対話の柔軟性を失った、これが今の教団の問題です。この対話をほどいていくのはたいへんな努力が必要だろうと思います。これが、菅根議長が言っている「教団の政治状況」という内実的な意味だろうと思います。


「7」、教師問題を教会の日常でどう受け止めるか。当事者とそれを受け止める側の問題です。今回の協議会で、私は正教師です、問題提起者の問題を受けとめる側に今までも立ってきましたし、今でもそうです。そもそも当事者ではない。当事者でない人が問題を扱うということはできないんです。ですから、「三委員会連絡会」というのが、これは教団の常議員会が機能しないものですから、その委託として「教師問題はこの三委員会連絡会で扱ってくれ」ということでできたんですけれど、問題の当事者、これは正教師試験の受験拒否者が入って、「四者協議会」なんです。「三委員会連絡会」という認識ですけれども、「四者協議会」という認識がきちんとできれば、この問題はずいぶん発展したと思うんですけれど、結局、24回総会期あたりには、菅澤さんがこのことを発言していますが、やっと「四者協議会」という認識ができています。当事者を含めてはじめて協議が成り立つという認識は、問題を対象化しないという上で基本的な関わり方です。これはどの問題においてもそうです。当事者を対象化しない。当事者を含めてはじめて協議が成り立つ。「教師問題」では、「教師試験をストップして」とか、「全国の教会が聖礼典を一定期間停止して」とか、これは谷村さんの発言ですけれども、これは「痛み」の共有ということですが、いろんな形があるけれども、何かそのつながり、さらには問題のそれぞれ異なった日常からの再提起が必要である。ですから、この問題を教区が受け止めて、そして教区が教団というところに問題を提起しているのが19号議案です。そういう意味で19号議案がどういう意味での正当性をもっているか、正当性の言葉の意味ですけれど、これは教憲教規で間違いがないということではなくて、日本基督教団を再生、再生というのは昔生きておったということですから「再生」という言葉はふさわしくないかもしれませんけれども、教会たらしめるための兵庫教区の命がけの問題提起なんです。さらには、問題のそれぞれ異なった日常からのいろんな提起が必要だと思います。当事者は孤独です。当事者は裁いてしまったらダメだと思います。ボクもいろんな問題に関わっていますけれども、焦りがあるんでしょう、「お前はこういう問題がわからん」ときり方をされてしまいますと、本当に悲しくなります。当事者でないから、わからないのは当たり前なんです。それでも何とかわかろうとしているんです。わかろうとしている人間を、そういう人間として位置づけていく。当事者の孤独からの叫びと、それがなかったら、連帯は生まれてこないと思います。そうやって、みんな問題の当事者というのは、死を含めて叫びをあげていくということです。

 次にいきます。その問題をどうしたらいいか。まず「学習」ということにおける共通理解です。学習といえば、討議、学習資料の作成は欠かせないんです。本問題に際しては、『三委員会報告書』(Ⅰ~Ⅴ)というものが、入手は困難ですけれども基本的文献としてあります。そして、神学校教育がこのことを基本的に扱っていく教育をしていただかないと、問題は途切れてしまいます。神奈川教区に行って悲しいのは、按手礼式の度に「教憲教規において教会を形成します」ということをみんな声高に叫ぶんです。神奈川教区は、そうではなくて、異なった考え方がたくさんあるから、それを何とか対話として折衝させていこうという教区の基本方針があるんです。「教区の基本方針をどう思うか」という形で質問するんですけれども、「教会の形成は教憲教規、信仰告白」と声高に言う、これはそれだけの教育をされてきている、ということなんです。どの卒業生もみんな同じことを言う。ここにもそういう卒業生がいらっしゃるかもしれませんけれども……。ホントに悲しいです。そういう意味では、神学教育は、この辺では関学、同志社ですね、あと農伝、日本聖書神学校、東京神学大学……。わたしは、自分が代務者をしている教会が東京神学大学に学生をひとり推薦しました。今年大学院を卒業しますけれども、その学生は、「どうか、あの学校に学んで、本当に謙虚に日本の教会に仕えていく気持ちを持って欲しい。居丈高に福音宣教に携わるという思いを持たないで欲しい」と一生懸命わかってもらおうと思って、推薦状にもそういうことを書きました。


「8」、最後です。時間が45分になりましたのでやめますが、「教師問題」は、歴史を差別や抑圧の側から引き受けていく諸問題と通底する問題である。歴史を引き受けるということは一方で孤独な営みである。他方、解放の喜びにも繋がっていく。こういう意味で「教師問題」というのは、教会の一つの、One of them の問題ではなくて、教会そのものの問題です。わたしたちの信仰のあり方そのものの問題です。手を置くか置かないかということで、今の教団の政治状況を突破していかなければならないと思います。この次の教区総会では、相当の工夫がいると思います。しかし、兵庫教区は知恵のある方がたくさんいらっしゃいますから、何か知恵のある合意をして、全体教会の問題提起をしてくださることを願っています。つたない発題ですけれども、これで終わります。

▶️ レジュメ『教師問題』と教会の日常(2007 公開協議会・レジュメ)

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