教師制度、按手・准允問題(2007 公開協議会)

2007.4.29、於 兵庫教区クリスチャンセンタ− (健作さん73歳)

発題 岩井健作 「『教師問題』と教会の日常」

1、今回の協議会は、前2回の「公開講座」を受けての企画であるので、まず2回の講座のおさらいから始めたい。

2、「公開講座」第1回(2007.3.11)新免貢氏の発言(32頁にわたる記録)。「初期キリスト教史のとらえなおしの必要性」「福音の表現者としての教師」「同性愛者をめぐる論議」「今私たちはどういう時代の流れの中に身を置いているのか」など広範な知見を通して

「キリスト教は社会から疎外され、捨てられ、苦しんでいる側の人々と共に喜びと悲しみの交流をしながら生きていくイエスの生き方を「福音」と理解した。当然私たちの教師理解もその認識にたたねばならなりません。単なる教会論、神学、キリスト教学や聖書学などの枠内での論理に引きずり込まれてはならないと思います。自分たちで考え、自分達でたち上がり、自分たちで自前の教師像を構築して参りましょう」

 とあります。制度上の「教師」を実質的「役割」へと内実化していく方向を指し示しています。私の言葉で言い直すと「教師(プロフェッション・医師、法律家、建築家、科学者、教育者、技術者、政治家、などなど)であるより前に“人間”であれ」ということになります。これは、個別課題を扱う場合、事柄の全体の根底を貫いている方向性になるのではないでしょうか。勿論、私にとっては“人間”は限りなく“イエス”であれ、ということなのですが。

3、「公開講座」第2回(2007.4.15)高橋敬基氏の発言(テープによる)。歴史批判的聖書学の出現で、一元的に「聖書」は扱えない。各文書の社会的文脈を媒介にして読み取らねばならない。にもかかわらず「聖典としての聖書」そこから敷衍される「教義学」「信条」からの概念で論理構築をする歴史文書への無自覚な「教会的」発言とは、対話がかみ合わない。ピーター・バーガーの論理をかりれば宗教には「脱出・解放」と「統合・共有」の相異なる二つの側面があり、イエスは前者が強烈、パウロは後者が強い。これは「神の支配」を即、到来の現実として生きたか、到来の遅延の時間(歴史)を引き受けて生きたかの違いがある。これはあれかこれかの問題ではなく重層的に重なっている。後者の場合「統合」の論理が大きく働き「教会の形成」にゆかざるを得ない。聖書各所をその「教会」の状況による文書の微妙な違いから読み取る必要がある。「手を置く」所作は、派遣・祝福の要素を含んでいる。「按手」は「派遣・祝福」の継承を意味しているが、しかし、派遣は聖書文書では多様な形をもつ(「ガリラヤでお会い出来る」もその一つ)。初代の教会の派遣を形にすれば、むしろ「洗足」(ヨハネ13−17)が形になると思う。現在の教団が「正教師」だげが「頭に手を置く」という形、それだけが派遣の唯一の形ということはないであろう。それは教会の固めの「権威主義」に結びつく。「教会会議」が信徒、補教師、正教師で構成されているのであれば、その全体が参加する形がよい。兵庫の模索に期待する。(参考、高橋敬基「新約聖書における『聖礼典』及びその執行」1990.3,「聖礼典執行者の問題−教師問題・特に教師検定制度の問題点と今後の課題・試験実施の困難さをふまえて−」1991.6」『報告書Ⅱ、Ⅲ』)

4、「教師問題」のイメージ

 今日配付された手許の資料『准允・按手式問題資料集』(2007.4.10 兵庫教区)の「経過」叙述、関連文書の中から、今回の事態に関わる幾つかの重要語句に目を止め、(兵庫の)「教師問題」のイメージを把握したい。

「9号議案」「ダブルスタンダード」「緊急避難的処置」「苦渋」(前二句は1992年信仰職制委員会が肯定的に用いている)。「国家に迎合」「アリバイ的に」「二股になっている教区」「一度たりとも正教師になった人は」「9号議案を決議した人達」「9号は現場の問題」「あまりにも権威主義的な按手礼式」「三委員会連絡会報告書Ⅰ〜Ⅴ」「教師とは何か」「教会総会出席者全員が自ら責任をもって」「153名中79票」「19号議案決議(の正当性)は主張」「教師の地位保全」「34/6 常議委員会決議」「兵庫教区の歴史性と主体性」「力不足を反省」「教団の政治状況」「関西神学塾」「協議会の開催」などなど。

 これらの語句から描かれるイメージは、今まで起きているの総括としての「“第19号議案『准允・按手礼の件』”について」(2007.2.13 第三回兵庫教区臨時常置委員会資料、議長菅根信彦文書)は現状をよく纏めている当面の共通資料。

5、教師問題の発端が示唆している二つの事柄。

 発端。「日本基督教団の二種教職制はメソジスト等の監督制(教職)における、長老・執事(信徒)の職制を継ぐものであるが、それが宗教団体法との対応において、国策との妥協(旧メソジストの教会主管者で長老・執事[信徒]が務めていたものを教師に編入)を可能にする方向で採用され、教職制(説教職の務めは礼典と不可分との福音主義教会の基本)としては曖昧なものになってしまった。この故に早急な改正が必要である」(『報告』、p.27参照、( )内は岩井註)。

 ①「国策との妥協」。国家(天皇制権力)に呑まれた経験を負の遺産として意味付ける。明治以来のキリスト教の権力との関わりのありようへの「正負」の歴史認識を促す。戦争[協力]責任の宣教的展開への促しを示唆。教会の共同性が権力(縦関係・△構造)の補完へと傾斜することへの歯止めとしての、社会の疎外層からの問い掛けの受け止め(横関係・○構造)を可能にする共生へと絶えず跳躍せよ。教会を構成する人間関係の質はリーダー「教師」(「召命」と「委託」による)の質とは相関関係にある(ルターはここの関係を「万人祭司」と表現した)。ここに教職の権威の問題が関係する。

 ②「曖昧なものになった」。言葉(説教、真理契機)と交わり(コンミュニオン、象徴としての礼典、体得契機)の乖離を認めてしまった。言葉のみの教職(補教師)の存在の許容。日本近代の知識人層にプロテスタントが受容され、パルピット(講壇)の教会を形作ったことに象徴される。もう一方の社会への働きかけは、この両者の相互関係を繋ぐものとして理解されずに、言葉(神学)における、教義と倫理の重層構造の上に立つ社会倫理としてしか認識されていないので、働きが常に抽象化されることになってきた。真理契機と体得契機は相互の方向で深まってゆくことで「曖昧さ」が克服される。「二種教職制」は体得契機を基本的な所で無視していることの象徴であった(大阪・平良暁生<Ⅲ-1>氏の問題提起はこの点をよくついている)。

6、「教師問題」は狭い特別な問題ではない。

「教師問題」に象徴される「日本基督教団の問題」は、狭い意味での「教会の正常化」の問題に矮小化されてきた。例えば「教憲9条の改正」によって教師問題(二種教職制)が解決されるかのごとき扱いがなされている。高橋氏が指摘するように「教会の統合論理」をもう一方の「脱出・解放論理」から相対化することの大きな伏線があって「教師問題」は「日本基督教団再生」の契機になるうる問題である。しかし、事態は逆な方向に向かっている。

 第二次大戦下、宗教法人法による国家主導の「教会合同」以後の歩みは、一方で「宣教基礎理論(1963)」「戦争責任告白(1967)」「70年問題提起」「聖書学との対話」など、開かれた思考と行動が地道に営まれてきた。他方70代の問題提起はこれを激しく問うた。しかし、教会の「制度的・統合的側面」を整えることを第一義的に捉える流れが支配的になってきている。「教義ノ宣布」[教団規則昭和16年11月24碑認可]の系譜は、「信仰告白の制定」から制度的教会をかためる「教会形成論」に集約され、70年代問題提起の根源性を受け止めきれず、教会保守の硬化が誘発され、正統主義が政治性を帯びて意識的結合を招き、閉ざされた共同性が優先して、対話の柔軟性を失った。

7、教師問題を教会の日常でどう受け止めるか。

 当事者とそれを受け止める側の問題。

 今回の協議会で、私は正教師、問題提起者の問題を受ける側。そもそもの当事者ではない。この問題を扱ってきた「三委員会連絡会(教団の、教師、教師検定、信仰職制)について、問題の当事者(正教師試験)受験拒否者が入って「4者協議会」だという認識が出来たのは、教団24総会期からであるという(菅沢邦明 Ⅰ-53)。当事者を含めてはじめて協議が成り立つという認識は、問題を対象化しない上で基本的な関わり方である。「教師問題」では、「教師試験をストップして」「全国の教会が聖礼典を一定期間停止して」(谷村徳幸 Ⅱ−27)が叫ばれてきた。「痛み」の共有には、いろいろな形があるが、何かそのつながり、さらには問題のそれぞれ異なった日常からの再提起が必要であろう。それには、まず「学習」が共通理解を進める手掛かりとなる。学習といえば、討議、学習資料の作成は欠かせない。本問題には、『三委員会報告書』(Ⅰ〜Ⅴ)がある。入手が難しいが、基本的文献である。

 神学校教育がこの問題を基本的に扱っていないのは遺憾である。少なくとも「教職」の権威をかざす教師の再生産はさけねばならないので、神学校教師間での問題の共有を願うものである。

8、「教師問題」は、歴史を差別や抑圧の側から引き受けてゆく諸問題と通底する問題である。歴史を引き受けることは一方で孤独な営みである。他方解放の喜びにも繋がっている。