教会とは何か ー 太田道子氏の著作の問題提起を受けて(2007 宣教学53)

2007.2.9、関西神学塾、「岩井健作」の宣教学(53)

(明治学院教会牧師 健作さん73歳)

 太田道子氏の著作『ことばは光 (1)』(新教出版社 2006年)を読み、ある衝撃を受け、また「教会とは何かを」に日頃から考え続けている者にとって一層の方向性を与えられた。結論から言えば「教会」を相対化する方向へと確実に、現実的手続き(戦い)を踏んで歩まねばならない、という促しである。

 太田道子(おおたみちこ)1932年生。東京都出身。東京女子大学、ルーテル神学大学大学院(アメリカ)、ヘブライ大学(イスラエル)、教皇庁立聖書学研究所(ロ−マ)、超教派高等神学研究所(イスラエル)等を経て1981年帰国、新共同訳聖書(旧約)翻訳・編集委員を務める。古代オリエント史、旧約聖書学専攻。1991年より中東平和問題に関わり、1955年にNGO「地に平和」創立、平和=人権と聖書の社会学的勉強会、イスラエル−パレスチナ和平に関わる民生面の支援プロジェクトを実施中。

 太田道子著書(健作さんのテキスト執筆時点での紹介)
『ことばは光 (1)』、新教出版社 2006年4月10日
『ことばは光 (2)』、新教出版社 2006年12月10日
『聖書と現代社会 − 太田道子と佐藤研を囲んで』NGO「地に平和」編、新教出版社 2006年12月15日 

NGO「地に平和」
 1955年以来パレスチナで民生支援(難民キャンプ支援)のプロジェクトを実施し、聖書をテキストとして「平和=人権」を探る勉強会が緩やかに連合した市民運動。機関紙『シンビオーシス』を発行している。現在10ほどのグループがある。因みにほとんどはキリスト者ではない。

「衝撃」とは何か。それは太田道子(以下敬称略)は生粋の日本のキリスト教会・文化の内側に育ちながらも「聖書を勉強するものは無理にも、キリスト教会の中で聖書をどうしようかと、絶望するまでは一応やってみるわけです。それで『わたし自身はもうやめよう』と思った」(『聖書と現代社会』p.16、『ことばは光(1)』p.249)というあたりから始まり、制度的キリスト教には深い失望感を表明していることが論議の底流にあるということです。このこと自体は今まで多くの人の言説にあることですから(例えば身近なところで笠原芳光)驚くに足らないのですが、その場合、イエスとキリスト教との乖離という視点が中心でした。勿論、太田道子もその点は佐藤研と同視点です。しかし、イエスが射程に入れていた、貧しくされたもの、虐げられたもの、差別されたものとの、共同性の在り方においても「キリスト教会」はもはや大きな意味を持ってはおらず、それは『聖書』が制度的キリスト教を超えて『現代社会』にインパクトを持って関わる時、イエスに従うもののアイデンティティーは「聖書」に生きるものの道程として実証されるということです。それは彼女のここ10年にわたるNGO「地に平和」において確証されつつあります。

 佐藤研は語る「太田道子という熾烈な求道者の個性が、純粋な探求心とリアリズム、そして破格の行動力を駆使し、数奇とすらいえる放浪の運命を貫いて求めてきたものから、かけがえのない問題提起と策励をうけるであろう」(『聖書と現代社会』あとがき)。

 ここで言う「純粋な探求者」とは太田がサハラ砂漠の砂丘群の北端のオアシスの聖堂でカトリックの古い修道生活を2年間送ったこと指しているのであろう(『ことばは光(2)』「沈黙への旅」p.9-50)。この期間を「半世紀生きた中で、もっとも祝福に満ちた2年間」といっている。

 この経験の中で詩編19をそしてヨハネ3:9を味わう。「人間の魂は一つの場所で、時と所を超えて限りなく広がり深まる力を持つ」と記す。「熾烈な求道者」はヴァチカンの研究所の古代オリエント室で10人の教授に2人の研究生としてシュメール語、アッカド語のテキスト解読などに精神を集中し古代オリエント文明圏を研究する。その一環として旧約学が繋がる。「浪費かと悩んだ5年間」は「知識が増せば、悩みも増し」(コヘレト 1:18)をもって語る。「破格な行動力」とは現在もパレスチナ半分、日本半分の生活だと言う。「難民に出会う」(『ことばは光(2)』p.63)という文章がある。「古代も現代も難民は世界的に最大の問題の一つである。……現在その数は2500万人……国家、国境、民族などという、人間を分割し分裂させるような世界構造を私たちが克服し得ないなら、貧しく不運な人々は、……地球を渦巻いて流れ……続けるであろう。」(同 p.66)。

 NGO「地に平和」は、彼らを覚えて起こされたという。次の文は心に染みる「聖書は難民を主人公とする、と私は考えている。むしろ難民こそが聖書とその思想を創出したのだ、というべきであろう」(『ことばは光』p.65)。

「私は、今は本当に教会の外で随分イエス探求が行われ始めている時代……教会がモノポリーというか本当のやり方があるという顔をして受け入れずにいるだけだと感じています。人の命とか人権の充実とかを考えることをしている人たち……の中に、イエスの実像を求めてきた人たちがいるのだと率直に認めるべきなのです。だから、人間学、一番大きな意味での人間の研究、人間の追究をしている人たちが既に教会には置いてきぼりをくらわして実行していることを、クリスチャンが『……あなたたちは他の語彙と表現を使うのだ』と受けとめて、ネットワーキングすればみんな繋がるのだと思うのです。……私はもう社会が先にいっていると思うのです。そこに新しいイエスの顔がある。この難民の中にイエスの顔が見える、と言えないなら、教会は戸を閉ざしたらいいと思います」(『聖書と現代社会』p.34)。

 しかし、彼女の本領は聖書の翻訳であろう。一般に翻訳とは時と所を超える異文化間相互の伝達・影響、更には、広く人間同志のコミュニケーションの可能性に関わる基本問題だという。彼女は「聖書翻訳事業で14年間新共同訳で苦しみ」(最初の6年は専従の編集委員)だったという。そもそも事業の主体は「聖書を売って広めるという福音宣教的会社である」その大元締は「悪名高きナイダ理論を生み出したグループ」で「易しい聖書」(Good News Bible)が翻訳原理であった。これは基本的にハウ・ツーものだと感じたという。

「解るとは、どういうことか。聖書は命、存在、命の全体の存在の意味、意味に関わる直感の集積だと思います」という。つまり「解る」を理性的な領域からすっ飛ばすものを、研さんは「深淵とか背理」と表現しますが、道子さんは「直感という語しか思い付かなかった」(P.24)という。

 翻訳事業を巡って「日本のキリスト教が如何にいい加減に考えていたかということが暴かれただけでもよかったかなという程度にしか思わないんです。聖書学者たちによく考えてもらわずに始めたというか、翻訳理論も、霊性はおろか文学性も考えずに、とにかく日本語になれば良い、凄いことですね」(p.128)といっています。日曜日毎に恭しく「拝読」している教会はいい迷惑です。説教者は原典講読を怠ってはならないことがよく解ります。

 太田道子が聖書に関わる自分の思いを直裁に語っている言葉がある。「聖書学を始めた本当の理由は、実は、ナザレのイエスのおける真の人間の追究ではなかったのか。もっとも多い問い掛けはこのように続くのが常でした。そうなるのは世界の現状が悪いからです。聖書という眼鏡をかけて世界を見ると、どうしても人間の状況の悲惨さだけが目につくからです。私の願いは、聖書の学問的追究と社会活動への直接参与が、いつの日にか両立可能になることです」(『ことばは光(1)』p.134)。

 その実践的思いを込めて『ことばは光(1)』では「聖書とはなにか」に続いて「人間とはー創世記1−11章を読んで考える」と展開する。『ことばは光(2)』では「イエスを迎える」の表題で「イエスの時代」「イエスの到来」「イエスの活動開始」。念のため「キリスト」ではなく人間「イエス」が語られるようになって数十年、それまでは人間イエスの再構成は不可能といわれ、それは「文学」の領域だといわれ、その後は「史的」とは資料の細部にわたっての吟味を要求され、枝葉末節で「叩かれた」ものだ。

「ひとつの強い思いを抱いています。それは、現代世界に生きる苦難を共にする人々と、聖書とその焦点イエスのついて歴史・社会・政治・文学的視点から話し合いたい、必要だという人のためには字にしなければならない、……そこで逃げてはいけないという思いです」(『ことばは光(2)』p.85)。

 太田のイエスの捉え方の特徴は、古代オリエント学の視点を生かし、世界最初の文明「古代オリエント世界」が「ギリシャ・ローマ世界」に覇権を譲った頃、この二つを繋ぐパレスチナ地方の北部ガリラヤに現れたユダヤ人として、イエスを捉えるところにある。そうしてガリラヤを「苦しい生活を強いられた」所と捉える。多少純粋化と読めなくはないが「ナザレのイエスが反対したことを彼と共に反対し、対案として彼が示した生き方を現代世界で続けようとする。そして、それこそが真の人間としての命を発見することだと、確信するのがキリスト教徒のはずではないでしょうか。自分個人の魂の安心だけを求めるなら、何らかの宗教制度の会員となっていればいいでしょう。しかし。ナザレのイエスに倣って生きるとは、彼が起こした運動に参加すること。その活動は今も世界中に様々な形で続いているのです。現代世界はイエス時代と同様、人間が人間らしく生きられない状況にあるからです。」(『ことばは光(2)』p.92)

 太田道子は24歳の若い頃、アメリカの大学の博士課程で聖書の勉強をしている時、マーチン・ルーサー・キングに出会う。「そんな所にいても聖書は解らん」といわれ「どうしたら解るのですか」と問う。「わたしについておいで」と言われた。彼女にとってそれは、二千年前のナザレのイエスの言葉と重なった。黒人の過酷な抑圧と差別の生活を体験した。非暴力の忍耐のいる運動は黒人と同時に白人の解放運動、人間の解放運動であることを知った。キングは「愛」を繰り返した。「ローヴ」と聞こえた。フランシスコにしろキングにしろ出発は既成のキリスト教批判であったが、後のキリスト教はそれを内側に取り込んだ。佐藤研によればイエスをキリストとして取り込んだのも歴史のキリスト教だと言う。この辺りは現在も二重構造になっていて、制度を守るレベルとイエスを追うレベルとの間で揺れている(『聖書と現代社会』p.19)。「だから、私も教会に属することをやめない」という。

 問題は、この属することをやめない、というスタンスで何ができるかということである。ひとつは、「聖書を読む」にあたって「神学、信条からは読まない」ということ。イエスが生きたように現代社会を生きることは、難しいが、イエスが共に生きた人たちの尊厳が当時と同じように質において奪われている現代的事実を、自分の事柄に関わる生活的視点を(権力に)奪い去られてはならないということ。現実の「教会」への「変革」「体質改善」「批判的関わり」を有志で共有することではないか。多少荒削りではあるが、太田道子の実践的ラディカリズムに学ぶべきことは多い。

現代社会に生きるための聖書の解り方(2007 太田道子)