戦争責任告白を行動へ(2006 教会と聖書)

2006.8.8 執筆、『教会と聖書』巻頭言

(単立明治学院教会 主任牧師、73歳)

 丸木スマは、1875年、広島県安左郡伴村に生まれ、1945年、広島市三滝町で原爆を体験、後長男の位里(いり)・俊夫妻に勧められて絵筆をとって、81歳で亡くなるまでの数年間に700点以上の作品を残したという。

 今、埼玉の丸木美術館で没後五十年展が開かれている。天衣無縫の画家である。彼女が残した言葉をNHKの番組が紹介していた。

「ピカは人がおとさにゃおちてこん」。

 この言葉は、原爆を落した者、その状況を生み出させた人為・主権国家の責任を総体として問うている。位里は作品『地獄』(ブルガリア国立美術館蔵)の添文で、トルーマン、ヒトラー、天皇はその犯罪性のゆえ地獄行きだと記したあと、位里も俊も地獄行き、と述べている。

 理由は「戦争を食い止めることができなかったから」という。

 罪責の自覚の鋭さと作品への情熱に撃たれる。罪責の自覚と告白は行動と表裏をなす。「罪責」の観念だけが一人歩きしがちなところにキリスト教の「罪責告白」の陥穽がある。

 もちろんこれに関わった者としての自戒はある。

 今「戦争を食い止める」とはどういうことか。その具体的行動の一つは「戦力は、これを保持しない。交戦権は、これを認めない」と謳った憲法9条2項の「改悪」を阻止することにある。

 観念だけの「平和への祈り、戦責の告白」なら、自衛隊を自衛軍として9条2項での法制化を目論み、他方で、今年の「原爆記念日(8月6日)」の挨拶のように、まことしやかに「不戦の誓いを体現し……憲法の平和条項を順守し」という首相小泉の虚構に通底する。「口だけ」を覚える。言葉に迫力がない。

 平和への迫力、言葉の力を構築しよう。

教会スケッチ「教会と聖書」インデックス

原爆の図・丸木美術館