『神、この人間的なるもの』後日談

『神、この人間的なるもの』後日談

 川和教会の会報『麦穂』(No.16、2004年1月25日発行)に 「神、この人間的なるもの」という文章を書いた。これが思わぬ発展をして、「人間的なるもの」にふさわしい出会いを与えられた。


 ことのいきさつはこうである。表題の『神、この人間的なるもの』は、なだいなだ氏の著作(岩波新書 2002)のこの書名からお借りしたものだった。 

 この著作は、なだ氏が友人T氏と対談をするという形で構成されている。T氏は学生時代からのカトリック信徒。なだ氏は無神論者。共に精神科医。精神科医にとって、宗教はどのような意味を持っているのかが話し合われている。宗教は人間を孤独から癒し解放するという面を持つ、しかしその反面人間を「われわれ意識」に纏めあげ、「われわれ意識」の外の人を疎外するという働きもする。精神科医は、人間の孤独からの解放という面では宗教の深い宗教性につながり、「われわれ意識」という「日常にひそむ狂気」の「宗教(国家、政治集団、あらゆる集団をふくむ)」には、治癒者として立ち向かい対峙して登場する、というような論旨であった。

 会報の文章を、知人の横須賀の内科医Y先生に送らせて戴いた。この方は大変熱心なプロテスタント。この方には、会報の文章を受け止めていただけるという信頼があったからかもしれない。神は、「教義」によって指示されるという事実を超えて、「この人間的なるもの」という、出会いや交わりと共にこそいましともうという逆説の妙味である。

 Y先生は、なだ氏の岩波新書を読まれて、ここに登場するT氏は、横須賀の国立療養所久里浜病院の名誉院長・河野裕明先生のことだ、と教えて下さった。今は、倒れられて御病気御静養中であるが、「牧師さん」だったらお会いいただけるかもしれない、一度御相談してみよう、と言って下さった。


 時は流れ、もう晩春になっていた。河野先生からお会いしてもよいとのお話が伝わってきた。2004年5月13日、Y先生に同道して、横須賀の海辺の風を正面から受ける一軒家の御自宅に伺った。会話はもうご不自由であったが、終始笑顔でうなずいて下さった。

 「なだ君は、僕の親友でしてね」の言葉が印象的であった。奥様によれば、信念の方で、日常でも頑固で(これには奥様もよくよくお付き合いされたのであろうことがうかがえた)、「国立病院」という場で、時には行政の方針に逆らって、あえて患者の側に立ちつつ、医療の道を歩まれた、とのことであった。初対面の私には温顔の印象こそが残った。

 しばらくしてY先生が河野先生の著作を貸して下さった。『久里浜「アルコ−ル病棟」よりー臨床30年の知恵ー』(河野裕明著 東峰書房 1992)。
 「序文」を、なだいなだ氏が書いている。「日本のアルコ−ル臨床の第一人者、河野君が……」。

 その本のなかの「日本の断酒会は……人間を信じ、無償の奉仕を中心にして、他人への奉仕が自分のためでもあるという思想的構造としての本質的な宗教性を、明白に堅持しています」という一文がある(22頁)。もちろんそうでない断酒会もあるだろう。だが、そこにある宗教性と、既存の宗教に宿る宗教性とが相関的(コーレラティヴ)であれ、と暗示されているように思えてならない。これは、信仰者の自戒であり渇仰であろう。

 朝日新聞夕刊(2004年6月17日)が「アルコール依存症」について記している。全国推計82万人だいう。その中に「久里浜アルコール症センタ−(旧国立療養所久里浜病院)はアルコール依存症の治療で全国に知られる」と記されている。

 この背後には、河野先生が胸に秘めている、数々の物語があることを思った。浜風に葦の穂先が強くなびく午後、河野先生宅をおいとました時、玄関の外にまでお降り立って、去り行く車に何時までも手を振って下さっている河野先生の姿が心に焼き付いて今も離れない。

川和教会 前代務者牧師 岩井健作