牧師館の枇杷の木 − 今年もこのままに

神戸教會々報 No.162 所収、2001.7.15

(健作さん67歳、牧会44年目、神戸教会牧師24年目、退任の9ヶ月前)

ご主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。 ルカ 13:8


 牧師館の庭には枇杷(びわ)の木がある。いつ頃から植わっているのか定かではない。

『近代日本と神戸教会』の「1959年に新築された牧師館」(p.167)の写真によれば、一階の庇を越える枇杷の木が、葉に陽を浴びている。

 もしかすると、太平洋戦争下、政府により「強制疎開」で取り壊された「教育館」の敷地の隅に、すでにあったものであろうか。幾度となく切り詰められた幹は太く、歴史を語っているようだ。あるいは戦後どこかの種が芽生えたものかもしれない。もう4半世紀近くも前、この牧師館に出会った当時に、枇杷の木が与えてくれた、ある安堵を忘れることができない。「枇杷の木がある」。そのことは、自然に癒しと神の安らぎを象徴する静謐を私にもたらした。

 枇杷の葉を煎じて癌の患部に湿布すると効くという。医学的にはそれだけでは救いにならないことは百も承知なのだが、

「お宅の枇杷の葉を戴けませんか」

 と言って、町内のあちこちを探し回って、集めた枇杷の葉を煎じては、肝臓の末期癌の「つれあい」を介護するI君に届けた日々を思い起こしていた。

 近くの高校に数学の教師として就職したので、と言って教会に転会してきた好青年がI君だった。

「結婚式をしてほしい」

 彼が教会生活を始めて間もない頃の初めの牧会的関わりだった。

 相手のY子さんは九州の大学の同級生で、理学部を出て今は大きな病院の検査室に勤めているという。癌細胞の検査が仕事だと言っていた。

 理知的で、聡明で、健康で、二人は自由で、軽やかだった。

 軽快な時の流れの中で、第一子が健やかに育っていた。

 第二子の妊娠中に、Y子さんの胃の異常が発見された。出産まで手術を待てば、手遅れになるかもしれない。が、手術をするからには子供は断念せざるを得ない。二人は命のかかった決断を迫られた。祈りのあげく、もちろん家族を選んだ。出産後ただちに胃の手術は行われた。が、遅かった。

「極めて微妙だが、悪性ではない」。知己の医師は夫と協議して、理知的な彼女を説得した。

 子供たちの日々の世話等、山積する日常の問題は、教会や職場が連携して取り組んだ。

 I君とは静かに祈った。彼は「あらゆる事への実家の介入が耐えられない」と、その時一番の悩みを語った。Y子さんの実家は、九州の田舎の旧家だった。そもそも街の大学に入ったことが、彼女には封建遺制からの脱出だったし、I君との出会いは、近代的個人の獲得であった。キリスト教はそれを具現する場でもあった。

「実家と話をしてほしい」と言う。私は、残り少ない夫婦の時間、死の受容、葬儀のこと、墓のこと等ひそかに一人考えて、結婚から始まった生活は、親兄弟の直接の関わりを離れていること、それを見守ることが、娘さんを生かすことなのだ、ということを話すために、彼女の田舎まで出向いた。

「血縁と契約」。古くて新しいテーマが心をよぎった。一日、九州の見知らぬ実家を訪れた。話題は今後の介護体制を軸にした。話す中で、ちらほらと事柄の一端を交えて、「牧師」の役割への信頼の糸口を掴んだ。

 実家は、介護をI君の意思に任す事で合意してくれた。

 やがてI君は「やっぱり本当のことをY子さんに言う」と言い出した。「それがよかろう」と同意した。

 彼女は「医師と夫と牧師が三人揃って今までごまかしたことが許せん」と言って、三日ほど口をきいてもらえなかった。やがて「これからの時、痛みを和らげる処置をとってほしいこと、彼の後添えのことを進めてほしいこと、夫の職場の高校教師のAさんは共通の友人であり、彼女に子供たちを託したいこと」など、静かに語った。

 その夜のことが忘れられない。涙して、祈って別れた。最後の夜は、I君に委ねた。

 葬儀、教会の納骨堂への埋葬、記念式、そして、やがてもう一度I君の後添いとの結婚式。

 Y子さんの若くて爽やかな生涯は枇杷の葉と共に思い起こされる。

 昨年は、その枇杷がよく出来た。小粒だがめっぽう甘い。小鳥たちが枇杷の祝宴をするのは当然だ。ここは都心だが、山が近い。いろいろな小鳥の訪問がある。でもその年は、小鳥たちと張り合って梯子をかけて、枇杷の実を収穫した。ご近所や教会でも「恵み」に与らせてもらうことにした。訪問や見舞いにもお裾分けを運んだら、ことのほか喜ばれた。今年は実が多かったが、うらなりが多く不作だった。長年放っておいたので肥切れになっているのであろうか。

 枇杷の木を「牧会」の象徴と考えると、気が引けるところもある。聖書の福音書のたとえ話が思い出される。「実のならないイチジクの木」に対して、イエスは寛容(ルカ13:9)だった。

「ご主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます」(8節)。24年を顧みて、イエスの執り成しをしみじみと思う。