傍らにたたずむ

神戸教會々報 No.148 所収、1997.9.21

(健作さん64歳、牧会40年目、神戸教会牧師20年目)

一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ。  Ⅰコリント 12:26


「村上春樹が追う、迫真のノンフィクション、地下鉄サリン事件」。こんな帯に惹かれたわけではありませんが、『アンダーグラウンド』(村上春樹、講談社 1997.3) を手に取ってみました。ふとしたことがきっかけでサリン事件の被害者を探し出し、インタビューを行い、一年かかって61名の方の体験を実名匿名で作家村上氏が文章化したものです。同氏はこう言っています。

「被害者の方々に直接お目にかかって、様々な生々しい話をうかがっているうちに、『これはちょっとやそっとのことではないのだ』と襟を正して考えるようになった。ここに収められている証言をよく読んでいただければよくおわかりいただけると思うが、それは私が前もって想像していた以上に深く複合的な意味を持つ出来事だった。私は自分がこの事件についてどれ位無知であったかということを思い知らされることになった。事実の意味ーそれは大きな要素だった。……そうしてそこには、『第一次情報』の発する自然な感応力のようなものが存在した。……その感応は……人々の語る物語の中から泉の水のように静かにこんこんと湧き出てきたものだと思う……私はやがて判断することをほとんど停止してしまった。私は肩の力を抜いて、人々の語る物語をあるがままに受け入れるようになった。私はそこにある言葉の集積をそのまま飲み込み、しかるのち私なりに身を粉にして『もう一つの物語』を紡ぎ出していく蜘蛛になった。」

 彼はこう続けます。

「これまで、私は、自分は生意気で身勝手なところはあるにせよ、決して傲慢な人間ではないと考えてきた。しかし『自分の置かれている立場は、好むと好まざるとにかかわらず、発生的にある種の傲慢さをふくんでいるものだ』という基本認識をより明確に持つべきだったと、今では反省している」

 彼は、安全地帯にいる人間として「自分たちの味わったつらさが分かるわけはない」と言われてしまえばそれまでだが、あえてその通りであることを相互認識しながら、それを越えていこうと試みるところに、

「論理の煮詰りを回避した、より深く豊かな解決に至る道が存在している」

と言っています。

 さて、ここには、渦中の人と傍らの人がつながっていく道筋のようなものが示されています。「論理の煮詰りを回避した」というところに村上氏の作家としてのたたずまいと、論理の枠組みで「偽似の」解決をつけてしまおうとする「近代主義」への批判も込められているように思います。

 私にとってオウムのサリン事件はその大げさなマスコミ報道も含めて、阪神大震災の「事実の重み」を風化させる出来事でした。しかしサリン事件の重みを村上氏を通して知らされたように、阪神大震災の「事実の重み」に「論理の煮詰りを回避した」ところで関わり続ける、という問いかけを逆にうけました。

 今、被災地にいて重い気持ちにさせられるのはギャップ(落差、温度差)の拡大です。

「被災地と非被災地」
「中央(国、例えば教団首脳)と地方(自治体、兵庫教区)」
「ハード(道路の回復など)とソフト(被災者個々人の心の沈み)」
「行政と民間」
「マスコミとミニコミ(局地情報)」
「死者(不条理の死)と生者(忘却)」等々です。

 被災地に住んでいても、局地・個別・孤立・現場からの問いかけに鈍くなっています。

 先行きにメドの立たない人たちを忘却すること自体が、こちら側の心の閉塞なのだと感じます。

 公設仮設住宅の孤独死173人(9月9日現在)、仮設住宅29159戸(7月10日契約戸数)等の数値を客観的に読むだけであるならば、傍らの者と苦悩する者との回路は閉ざされています。野田正彰氏(比較文化精神医学)が「悲しむ力」(「世界 臨時増刊」)で提言、安克昌氏(神戸大精神科医)が『心の傷を癒すということ』(作品社)で述べているように、開かれた回路とは、共に苦しむことであって自分の理屈を持つことではないのです。

 梅雨明けの夕方、春に教会学校がお花や米をもって交流した諏訪山公園仮設にスケッチに出かけました。

 暑くて部屋に入れんという老年の独り暮らしの女性と何となく立ち話をしました。

 恒久住宅がこの近辺で当たるとよいが先行きは見えないと話していました。

一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ」という聖書の言葉が心に沁みて、ここは被災地なのだとの思いを改めて深くしました。