地震と現代社会

神戸教會々報 No.147 所収、1997.3.30

(健作さん63歳、震災から2年)

涙と共に種を蒔く人は 喜びの歌と共に刈り入れる。 詩編125:6

 現代社会の特徴は、情報と消費によって成長してきたことであろう。

 例えば「レアもの」に夜を徹して並ぶ若者たちがいる。しかしその商品は限定して生産され、「レア度」の高い希少価値を生み出すような情報誌によって操作されている。

 大量生産・大量消費の社会が米国で頂点に達したのは、1950年代であるが、その頃、レイチェル・カーソンは『沈黙の春』で環境汚染を鋭く指摘した。

 1960年代、日本は経済の高度成長期にあったが、すでに「水俣病」が肥料工場の大量生産による有機水銀中毒であることはつきとめられていた。

「ゆたかな」社会は今、資源という入口で世界の「南の人たち」からの収奪を進め、環境という出口でこれ以上の無駄な消費は許されないところに来ている。

 日本の「ゆたかさ」の打ち出の小槌であった産業は構造改革を迫られている。それを包み込んできた、政治・官僚・金融・社会・教育・医療なども矛盾と腐敗を一挙にさらけ出してしまった。これには民衆の参加が権力と情報の操作で抑え込まれ、そのことへの戦いを根底から成し得なかった戦後民主主義の未成熟にも一因を見なければならない。

 そしてマグニチュード7.1、震度7の地震。

 地震は自然現象であるのに、これに日本社会の矛盾が覆い被さり人災の部分を深く刻み込んで大震災となった。そして二年余。今被災地で本当に必要なのは、「経済大国から人間の国へ」(小田実)という訴えが意味しているように、価値観の転換であろう。今までの日本社会、さらには神戸の市政理念を支えてきた価値観に対し、別な観点が必要なのである。

 三つの視点を提起したい。

① 死を忘れない文化

 1月14日(神戸教会)、15日(長田の茶房・グラスアンカー)で行われた「1.17 メモリアルコンサート」でヘンデルのメサイアが演奏された。指揮三澤洋史、ソプラノ西垣千賀子、アルト星野隆子、テノール西垣俊朗、バス伊藤正、新川和孝、合唱北九州聖楽研究会、管弦楽アンサンブル神戸。全てボランティアの奉仕。仲介者は矢野正浩氏。

 あとで合唱のメンバー柴田良子さんからこのコンサートの特別編集号を送っていただき分かったことだが、西垣さんの妹夫妻の店が「グラスアンカー」で二人の子供さん松原和雄くん15才、芳子さん12才は、あの日、日吉町で亡くなられた。その二人をはじめ、地震の多くの死者の記念(メモリアル)がこのコンサート。メサイアはイエスの生涯を歌う。大事なことは十字架の贖罪の死を通していのち(復活・永遠)が歌われていることだ。そこには死を忘れない価値観がある。死を忘れないことは被災地の役目である。それを文化にまで展開する大切さを思う。

② 喜びとしての情報を伝えること

 情報には基本的に三つの種類があるという。第一は認識情報。知識の収集。第二は行動情報。指令。第三は、前二者が自分にとって効用をもたらすのに対して、情報そのものが喜びであるもの。見田宗介氏(社会学者『現代社会の理論』岩波新書 p.160)はこれを美としての情報という。地震の経験の中で、人に伝えたい感動の出会いなどはこれに属するであろう。それらを大切にしたい。

③ 人権をこの国に根付かすために

 個人補償はしない、というのが政府の地震への対応である。しかし、住宅、生活、仕事、地域や家族に多大な痛手を負った被災の現実は、その補償なしでは回復し得ない。沖縄県が住民の力を背景に国と対峙するように、被災者が止むにやまれない生存権から叫びをあげることは、この国の姿勢を糺すことでもある。公園の避難所で今もって生活する者には「住所がない」とのことで生活保護は拒否されたというが、須磨の下中島公園に私設仮設を作り生活している人たちは、その窓口を突破して給付者を産み出した。被災者の運動は人権の地歩を固める一里塚になっている。

 夕まぐれ、その下中島公園の集会所「しんげんち」をたずねた。このために日本基督教団も中古プレハブと資金を提供した。

 現状をここから揺り動かそうという願いが込められているという。リーダーの田中健吾さん(朝日新聞 96.11.17-19に紹介記事あり)らの働きには「涙と共に種を」の思いがする。

 健闘を祈ってやまない。