「応急仮設住居」を通しての証し 95.5

教団「救援活動センターニュース」第2号 1995.5.15

 運営委員会が発足し、委員が各分野の働きを担当して、「救援活動センター」の働きと全国の諸教区・諸教会との関係が密接なものとなるよう努力しています。「(運営委員会内)地域委員会」は、被災地における「在日・滞日外国人、障害児、障害者の問題、仮設住宅等の問題」を通して与えられる教会の地域への関わりの課題に取り組んでいます。

 さて、まず皆様が情報として求めておられるのは、被災現地本部が提起し、「教団」が決断した「仮設住宅建設」は、今どこにどれだけ建てられたのか、それはこの大震災被災者救援にどういう意味を持っているのか、寄せられた救援献金のどのくらいの金額がそこに注がれているのか、ということでありましょう。

 その前に、もうすぐ震災4ヶ月目を迎える現地状況を、住宅問題に限ってお知らせします。兵庫県内608箇所の避難所に44,973人(「朝日新聞」4月28日)が生活しています。うち、神戸市内は382箇所、38,350人です。さらに、そのうちの31箇所1,300人は、公園、私有空き地、河川敷などにテント生活をしています。この時点でこれだけの人がいるという事実に、この地震が住民の住宅を奪った規模の大きさ、そして、その後の行政の施策のまずさが浮き彫りにされています。県は必要住宅7万戸(うち3万戸は既設住宅・含他府県提供)のうち、仮設住宅建設目標を4万戸にしています。うち、38,000戸が作られました。何故それなのに避難所、さらにはテント生活はなくらないのでしょうか。それは「地域に根付いて暮らしてきた被災者の生活再建を全く考えずに、避難所で暮らす被災者数との数合わせだけで仮設住宅建設を進めている国や兵庫県、神戸市などへの不信感である」(「朝日新聞」4月28日社説)との指摘にある通りです。テント村の生活は、生活実際面での不便はあっても、プライバシーとコミュニティーがあります。避難所にはそれがなくてもなお、生活圏への近接があります。市の仮設当選者のかなりの人が当たっても入居していないのが事実です。「遠くの仮設住宅へ行っても暮らしていけん。行政に人生まで変えられたらかなわん(前掲社説引用の住民の言葉)」という気持ちがあります。このあたりのことは新聞資料だけ集めても歴然としていますし、実際公園生活者の宣言を読んでいただければ極めて鮮明な意思表示があります。

 兵庫区本町公園避難所・災害対策連絡所が入り口に掲げている看板にはこう書かれています。「皆様へ、公園の使用について(お願い)。大地震の被災者で住家を失った者200名が、…公園で生活しています。…子供達の遊び場、皆様の憩いの場であることは重々承知しながら、止むを得ず住家とさせていただいています。神戸市、兵庫県に対して応急仮設住宅を地域(地元)に建設してくれるよう要求してきました。しかし、行政は避難者の立場や気持ちを斟酌することなく、他府県や遠隔地への移住を強制しています。若年者や青年はともかく、老齢者にとって見知らぬ土地への移住は死活問題でもあります。『この地域を離れたくない』との被災者の心情を無視することはできません。私たち本町公園避難所の避難者は、この地域すなわちこの公園での当分の生活を覚悟しました。…」

 他方、教団の現地本部が「被災者仮設住宅問題委員会(長・原忠和)」を設け、打ち出した「民間による仮設住宅建設の基本課題」はアイディアの多様さと展開、人の生活する「町」であること、市町村・県・国の進めている計画と効果的な連携をとりながら進める、ということでした。委員会は震災後、「町」づくりに使える応急住宅として、カナディアン・アーチハウスという16平米で、木造、ボランティアも協力して組み立てられる小型家屋およびヨドミニハウスを、M社に50棟(月産10棟)を確保してもらい、教会が関わりをもっている可能な地域から建設を行ってきました。それに組み合わせて生活棟として、カナダ政府が兵庫県に支援で寄贈したドームテントを、県・国際課から提供を受け生活棟・コミュニティ棟としてきました。

 現在、①西宮市伏原町に個人所有の土地の借用契約をしつつ6棟、②西宮市門戸に、阪神障害者連盟が地主から借用しテント等で活動をしている所に2棟(予定)、③神戸市中央区下山手8丁目自治会事務所としてミニハウスNタイプ14畳一棟、④神戸市中央区中山手7丁目、山手小学校避難所隣接の神戸市所有地を花隈自治会が借用し8棟(予定)、⑤神戸市兵庫区本町公園(前出)の避難所に42棟(11棟建設済み、11棟建設中、20棟予定)が計画されています。

 ①については、すでに「開村」の行事が行われ、入居者を迎えるばかりになっています。②は、障害者団体が事務所を失ってしまったところです。この2棟は活動の拠点となって、多くの障害者への支援の基地になると存じます。③の自治会事務所というのは住宅ではありませんが、ここは教団山手教会(坊向輝国牧師)の町内です。440世帯中170戸が全半壊です。事務所を失った自治会長は、行政の援助もなく、自らも避難暮らしをしながら、何とか自治会機能を回復させたいと願っていました。町内被災者の世話活動の開始を願いながらも途方に暮れていた時、どこかで日本基督教団が仮設住宅の提供をしているという情報を聞いて、教会を訪ねて来られ、相談されました。現地委員会に諮られたので、住宅ではありませんが、提供が決まりました。この事務所は、教団の多くの方々の祈りを秘めて、被災地の励みになると存じます。たった一棟ですが。

 ⑤について先に述べますと、避難所の世話役の河村宗次郎さんと現地実行委員長との、たまたまの出会いから支援が始まりました。河村さんは公園隣の自宅全壊で、地域の人達とテント生活を始めました。早い時期に市内各地の避難所の世話人達と連絡を取り、行政の災害対策の実態がおよそ被災者・避難者の実情とはかけ離れていることに対し、兵庫県被災者連絡会を組織し、行政への申し入れを行ってきました。「戦争をなくす市民の会」などでは、教会関係者とも旧知の間でした。行政が「被災住民の意見希望を問うことなく『寄らしむべし、知らしむべからず』」という姿勢で、街の復旧から急激に復興へと卓上プランを出していく事への、各所の被災住民の憤りを受け止めた人でした。河村さんの言葉によれば「人権・人格・人間性…人の心・優しさを大切にする政治と行政の基本理念の欠落」を問う場所に身を置いて、人の優しさが培われていくような「避難所(アジール)」生活を創り出そうというのです。だから、氏によれば、ドームテントで公園の周囲の人々との会合をよく持って、テント生活者が孤立してしまわないよう気配りをしているそうです。この「テント村」は、現在50張りの自衛隊提供のテントを使っています。日差しのきつい時は、中はもう40℃にもなるそうです。約200人数十世帯の人が、テントよりも少しは条件の良い「応急仮設住宅」に移れば、かなりの長期戦に耐えられるでしょう。という願いを持っていくつかの団体が支援しています。教団もその支援に加わって、被災者仮設住居は「町」づくりでなければならない、という証しに連帯しているのです。

 ④は、5月末までに建設が予定されています。この地区は小学校に370人、兵庫社会保険センターに120人、近くの学校跡地にテント村60人の避難者がいます。みんな近くの人です。自治会が世話をし、行政との間を被災者(町の仲間)の側に立って取り持っていこうという地域です。自治会の世話をしている人たちは、教会幼稚園卒園児祖父母であったり、土肥隆一牧師(衆議院議員)と親交のある人たちです。自治会は、教会の「町」づくりの考え方に共鳴しています。しかし、あの行政を問うような働きになるためには、教会も地域の人々と一緒になって苦労することが必要だと思っています。

 これらの業は尊い献金でなされています。4月25日運営委員会での報告では、仮設住宅のために 36,993,200円支出されています。その後、本町公園の電線引き込み 3,575,350円。無公害無煙ゴミ焼却炉 4,700,000円。第2回分・門戸、中山手、下山手、本町20棟分で 20,810,000円の支出が承認され、今での合計は 66,018,550円の支出です。

 県は7月末までに避難所を解消したいと言っています。自分たちの地元での暮らしを、住民同士の助け合いの中で再生していく、その住民の自立と連帯を行政が支えることになれば良いのですが、そこが大変です。「教会と地域のために」お祈りください。