星をみたねずみ(1990 石井幼稚園)

「石井幼稚園・石井伝道所だより 第41号」1990年6月号 所収

(神戸教会牧師・石井幼稚園代表役員 56歳)

あなたが設けられた月と星とを見て思います。 詩編 8:3


”星をみたねずみ”をご存知ですか。

 あるところに一匹の女房ねずみがいて、そのねずみは他のねずみと違いました。

「いま持っていない何か、が欲しかったのです」

 夫のねずみは、これ以上何が欲しいというのだ、お前は夫のことや、チーズを探してくることや、子供のことを考えていればいいのだ、と言います。

 ある日、ねずみが住んでいる家主の家に、キジ鳩が一羽捕まえられてきて、籠に入れられてしまいます。美味しそうな鳩の食べ物に魅かれて、女房ねずみは鳩の籠を訪れるようになります。

 何も食べない鳩に「せめて水でも」と勧めますが、鳩は「つぅゆ、つぅゆ、つぅゆだけ」と言っています。ねずみは朝の光に輝く草のつゆを知りませんでした。

 誰も自分の世界以外のことは理解できないものです。でも、鳩の話す窓の外の世界に想いを巡らせました。そして、彼方の世界と家族の日常との葛藤に苦しみます。そしてある日、勇気を出して、鳩の籠の留め金に必死でぶら下がり、鳩を外に逃がしてやります。

「飛ぶってこんなことか」と初めて知ります。そうして涙を流して鳩が羽ばたいた夜の大空の星の輝きを心に留めて巣に戻ります。このねずみはおばあさんになっても、どこかちょっと変わっていて、曾孫からこの上もなく敬われて大事にされたそうです。R・ゴッデン作、W・P・デュボア画、石井桃子訳『ねずみ女房』(福音館書店 1977)

 このお話を読みながら、冒頭に引用した聖書の言葉を想いました。

 私たちの日常生活は大変忙しいし、狭いし、限られているので、異次元の世界からの素晴らしいサインに心を閉ざすことが多いのではないでしょうか。

 例えば、神様がイエスという方や(この人の誕生と星との美しいお話も聖書にあります)、その方を取り巻く色々なしるしで、神の世界・愛の世界・いのちの世界のサインを送っていることに気づき、それに心動かされて生きるとしたら、年老いた女房ねずみのように、少し変わった生き方が約束されているのではありますまいか。