星とクリスマス(1982 神戸教會々報 ⑬)

神戸教會々報 No.101 所収、1982.12.10

(健作さん49歳)

 星を眺めると疲れた目がなおるといいます。新月の夜、周りの明かりのないところで星を眺めるとき眼のヒトミは最大限に開き、青年のヒトミは7ミリを超すといいますが、年をとると広がる力を失って、普通80歳になると2.5ミリまでしか広がらないのだそうです。でも天体観測家ハーシェル卿は60歳でも6ミリ以上あったそうです。星を眺めることが多いと目が衰えないのかもしれません。このことは心の目、精神の目、魂の目ということについても暗示に富む話です。星のように遠くかすかであっても確かなもの、いや暗い夜空に輝くものを見つめ続けることが人生の衰えからの自由をもたらすのではないでしょうか。


 ここに一つのクリスマス童話劇があります。これは1940年(昭和15年)1月の「特高月報」にのっているものです。特高は特別高等警察で治安維持のため天皇制絶対国家にとって危険な思想一切を取り締まった警察です。共産主義運動、無産政党運動、農本主義運動、水平運動、在留朝鮮人運動を取り締まりましたが、昭和10年には皇道大本教本部が不敬罪で急襲され、以後宗教団体への取り締まりが厳しく行われました。昭和11年からキリスト教についても記載がはじまっています。

 さて、そのクリスマス童話劇は「昭和14年12月27日夜、秋田県本荘基督教会に於ける出征軍人遺家族慰安クリスマス余興童話劇 ー 作者・同教会牧師 結城国義」という説明がついて記されています。


対話 『我天下りぬ』 結城和子外10名

 一人の女
「私の王様は人を殺すことが好きで先達っても何も罪なき人を殺して仕舞ひました」

 一人の女
「私の王様は税金を取ることが好きで町の者は皆苦しんで居ります」

 一人の女
「私の王様は戦争が好きで一年中戦争ばかりして居るのです」

 一人の女
「王様と云ふ王様は何と人を殺したり税金を取ったり戦争ばかり好きなものでありませう。こんな時にキリスト様が生まれて下さると私共町の人はどんなに救はれることでありませう」

 二人の女
「そうですともそうですともキリスト様が生れて下さると良いですが、アッ東の方に大きなキラキラ光る星が出て居ります、あれはキリスト様がお生れになった象徴かも知れません」

(以上引用は原文のまま、『特高資料による戦時下キリスト教運動1』新教出版社)


 この童話劇に特高は「非戦乃至反戦的要注意状況」という表題をつけています。恐らく同じ時代状況でものを考えていた人にとっては、事もあろうに「出征兵軍人遺家族慰安」の会でこんなことを、と思ったかも知れません。当時は「お国のため死ぬこと」が至上命令だった時代でした。しかし、時が過ぎて歴史の大きな流れの中で考えてみると、この劇に星の光のような醒めた確かさを感じます。「特高」の記録で物語が知らされていることが一層手ごたえのあるものにしています。

 聖書は主イエスの誕生の出来事に星の象徴を用いています(マタイ2章)。また詩人は「ああベツレヘムよなどかひとり星のみ匂いてふかく眠る」(讃美歌115)とうたいます。政治も文明も、つきまとう暗いイメージをぬぐい切れない今日、星を見つめるように、神の啓示としての主イエスの出来事に目を凝らして生きようではありませんか。

神の派遣(1983 神戸教會々報11)

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