2012年6月号「福音と世界」所収、リレーメッセージ「3.11以後」（６）
BOX-2. 個人所蔵史料（書籍等）
（単立明治学院教会牧師、健作さん78歳）
１. 責任を問うということ
私は神学校を卒業して、1958年、広島の教会に担任教師として赴任した。「核兵器」のもたらす現実を肌で知って打ちのめされた。しかし、原爆死没者慰霊碑の「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」の碑文の前に佇んだ時の違和感は今でも鮮明に覚えている。主語がない。何故なのだ。誰が過ちを繰り返さないというのだ。碑文は言語学者で、自ら被爆者であった広島大学・雑賀（さいが）忠義さんの言葉だという。1952年にインドの法学者ラダ・ビノードパール（極東国際軍事裁判所判事）さんは、アメリカが間違っているとし、投下したアメリカ国家の責任をはっきりさせないといけないと問題提起をしたという。広島市は犠牲者に対して残った者が核兵器を許さない決意を示したものだとコメントしたという。そこには「過ち」を自覚する主体と、「繰り返しません」と「原爆投下」に至るまでの責任を問う主体とが混然としているようで、結局どちらも明確ではない。主語がない事は主体がないことと同質である。これは「核兵器廃絶運動」が「原子力の平和利用」の欺瞞を見抜けなかったことと関係があるのではないか。このたびの「東京電力福島第一原発事故」があらわになるまでの「原子力ムラ」体制への無自覚や、犠牲者への罪責の自覚などを問い続けることが大事なことは前号で触れた。しかし、同時に、直接この犯罪的事件を起こした当事者の責任を問うことがさらに大事なことを強調したい。放射能汚染があたかも自然現象であるかの如く扱われ、線量を測って、気にしながら食物を出荷する農業、漁業生産者の姿、そして子どもの内部被曝による将来を危惧する親たちの狼狽、そのことのゆえに本来は連帯すべき地域の人間が分断されてゆく現実を、加害当事者の責任を問う形で思い知らせなければならない。厚顔無恥・鉄面皮・傍若無人な、電力会社・政府・財界・企業・マスメディア・御用学者に、満身をこめて、憤り、不安・叫びをぶつけて責任の自覚を問い続けなければならない。それゆえに、このたび起こされる「福島原発事故集団刑事告発」は、その責任を問う一つの具体的行動として、私は支持したい。「被爆者みんなで告訴状を練り上げよう。そして、その告訴状を提出するのは、ともに被曝の被害に晒された『福島地検』しかあるまい。」（保田行雄弁護士談）、「告訴とは、ある人を『犯罪者』として訴えること。エネルギーのいることで内心ドキドキしている。……何としても私たちは原発事故の責任が誰にあるのか明確にして、その人たちに責任を取ってもらわなければならない。」（告訴団長。三春町の武藤類子さん。『週刊金曜日』4月13日号）。福島地検であれば受けて立つであろうという被災連帯感が原告・検察という立場を超えて存在することに驚きをもつ。弱者・被害の当事者が権力者・加害の当事者と真向かうことを評価したい（詳細は明石昇二郎『刑事告発 東京電力 – ルポ福島原発事故』金曜日 2012 参照）。「一寸の虫にも五分の魂」という諺が生きている。「実直な者たちの幸福によって、町は栄える。邪悪な者どもの口によって、それは廃墟と化す」（箴言 11:11、勝村弘也訳）と聖書も実直な弱者の生きる知恵を示す。ミース・ファン・デル・ローエの言った「神は細部に宿り給う」を思い起こす。
２. 価値転換の力としての地域力
2011年3月11日、すごい揺れに鎌倉の家から外に飛び出した体が「阪神」を反芻させた。今出来ることは何か。家の物置に眠っている「阪神」を記録した説教集『地の基振い動く時』を救援に活かせないか、と思った。新教出版社『福音と世界』の編集者が、5月号（2011年）に書評を載せて下さった。そこに、この本一冊1000円を東日本大震災の救援に用いますと、添書きを出してもらった。明治学院同窓会横浜支部の幹事長・加藤誠二郎さんが奔走してくださり、その本を元に募金を集めてくださった。約45万円。7月、それを見舞金として携えて連れ合いと交代で運転をして被災地に出かけた。東北教区の小西望副議長、片岡謁也宣教委員長が迎えてくださった。救援センター「エマオ」を中心に実に多くの活動者、牧師たちと出会い、小さな協議会も開いてもらった。石巻栄光教会、南相馬市原町教会を訪ねた。さらに南三陸町歌津の中山生活センターを訪れた。孤立した漁村で220人が過酷な被災をかいくぐってきた、そのリーダーを務めた阿部蔵善さん負債を訪ねた。新免貢さん（宮城学院女子大学教員）が同道した。小さな漁村のコミュニティーを守り抜いたその道のりを、涙を流して語る夫妻からどれだけこちらが力を与えられただろうか。「阪神」では経験しなかった「地域力」を感じた。自助、共助（ボランティアはこの地区に大変な数が入った）、公助の三つのうち、地域の自助力（阿部さんは結束力という言葉を使った）は、行政に提言し、また権力化する行政と闘い、小さな漁村の持つ協力体制が被災地の諸問題を担ってきた様子を聴きながら、「原子力ムラ」の下請け「村落」との違いは何かを思わざるを得なかった。NHKは4月と8月にこの村のことを放映したが、そのときもう一人の青年が昆布漁の復活に苦労する中で「我々には太平洋銀行がついている」と海を見て語っていたのが印象的であった。底知れない放射能被害を宿す海の汚染の暗い予感を抱えながら、なお海・漁業・村落をこよなく愛する自然人を感じた。コミュニティーは自然を含んで成り立つ。長田など一部を除いて住民コミュニティーが弱かった「阪神」の都市災害では感じられなかった出来事であった。「阪神」に比べ面積で８倍、犠牲者で４倍という規模の東日本大震災は、地震に加えて、津波、原発事故・放射線被害を含む複合災害であり、比較は難しいが「阪神」では結局、災害復興が「経済復興」の価値観に呑み込まれてしまった。作家小田実さんをして「これが人間の住む国か」と言わしめた。今回はそれを超えて、明治以後、近代日本の底流を綿々と流れる「富国強兵」の価値観に風穴をあける、価値観の転換へと向かう芽生えが、辺境の地域から発信されているのではないかとかすかな徴（しるし）を感じた。
３. 「震災銭湯」という発想のコミュニティー
「阪神大震災」から16年目。２011年1月17日に、「鎌倉に震災銭湯を作る会」を発足させた（朝日、毎日、読売、神奈川、東京、各新聞地域版で報道）。私はその代表を引き受けた。と言っても僕が主導的に起こしたというよりも、日本の銭湯文化が薄れる中、銭湯を防災・コミュニティー・観光に結びつけて再興させようという有志、特に「鎌倉銭湯組合」の小野田将夫さん、『震災は貧困に襲いかかる』の著作のあるルポライターいのうえせつこ（井上節子）さんがイメージした運動に、「阪神」の経験者であり銭湯大好きという僕が一役買って代表を引き受けたと言った方がよい。阪神の時、風呂の支援までは考えたことはなかった。災害と言えば風呂は自衛隊銭湯（神戸の時24セット、自衛隊保有の８割が提供された）が当然のように頭に浮かぶ。災害時の入浴問題をもっと公助の視点も含めて考えねばいけないと思いついて一年、署名集め、鎌倉市議会での陳情書の可決、市長への要望書提出、シンポジウム開催など矢継ぎ早に運んだ。３.１１以降は、津波の面からも関心を呼んだ。一年を振り返ると、この運動に賛同する多くの人に出会ったことが忘れられない。かつて鎌倉には銭湯は十軒以上あったという。高度経済成長以後の内湯の住宅の増加で、今は五軒になっている。廃業した一軒が鶴岡八幡宮近くの「松の湯」だった。そのお孫さん酒井太郎さんは銭湯文化（彼は”斜めの関係”という。学校にも家庭にもない裸の出会い）で育った。今は、その近くで内科・胃腸科の医院を開業している。「僕も震災銭湯の運動に参加しよう」と情熱を持って加わって、共同代表になってくださった。42歳。彼は生来の鎌倉育ち、鎌倉の街のネットワークを豊かに持っている。同窓生、商店街、医療関係者、市議会議員、街づくり協議会など。そこに風呂の話を持ち込むとまた別な繋がりが生まれる。僕はこの街に住んで約十年。キリスト者やいわゆる左翼運動の人たちとはたくさん関係が出来た。しかし、震災銭湯を作ろうというとまた別な出会いが広がった。銭湯とは出会いの文化である。子供から老人、障害者から野宿者も日常利用でき、災害時には同じ場所に災害センターを置けば、もっと人間の連帯を作り出してゆく場である。震災銭湯作りとは都市で失われているコミュニティー作りではないかと思っている。鎌倉から新たな発信にしたい。
４. 結び
編集者の要請は、３.１１以後の「宣教論」であった。宣教とは経験した事の中に「神の働き（ミッシオ・デイ）」を読みとることと考えている。「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、手で触れたものを伝えます。すなわち命の言について」（ヨハネの手紙第一 1:1）とあるように、震災後「滅亡の予感と虚無…」（『滅亡の予感と虚無をいかに生きるかを聖書に問う』関西神学塾編、新教出版社からの言葉）を感じながら、なお、「命の言」イエスが共にいますという経験を、証することだと思っている。「神は細部に宿り給う」と。
岩井健作
