日本基督教団は関係の中で生きる −『合同のとらえなおし』の思想(2010 沖縄・もとすす・市川三本松)

2010.8.1、市川三本松教会「平和聖日」午後の講演

(明治学院教会牧師、77歳)

1.はじめに

 考え方。関係の中でものを見る。(絵本『わたし』谷川俊太郎)
 市川三本松教会はどんな教会か。大きいか・小さいか。古いか・新しいか。
 住宅街(中産)か・スラム街(低所得者)か。「組合」か・「日基」か。
 即自的な日本基督教団(信仰告白・教憲教規による自己規定)
 対自的な日本基督教団(韓国教会から見る。沖縄の教会から見る)

2.沖縄と本土との関係史

 本土からの抑圧と差別の歴史。
 琉球王国 ー 廃藩置県による琉球処分
 (明治政府のもとで沖縄が日本の近代国家のなかに強行的に組み込まれる一連の政治過程。限定的には1879(明治12)年に武力で断行された廃藩置県をさすが、第二・第三の「琉球処分」をその後の歴史に見る)
 ー 沖縄戦 ー 米国占領統治 ー 72年返還 ー 日米安保条約・地位協定下の基地沖縄[犯罪・基地被害・基地の存在ゆえの加害者性・経済格差]、あらゆる沖縄差別への歴史認識の必要。

3.日本基督教団における『合同とらえなおし』という事柄

3−1.概略

 沖縄の諸教会は、戦時下、宗教団体法による「教団成立」(1941年)時に日本基督教団 九州教区 沖繩支教区となる。1945年以降、牧師・本土引き揚げ、戦闘終結・収容所内礼拝。1946年、沖繩基督教連盟結成・比嘉盛久牧師ら帰郷伝道開始。日本基督教団 第4回総会(京都)「教規」変更、沖繩支教区抹消。

 1950年「沖繩基督教連盟」を「沖繩キリスト教会」に改組。
 1957年「沖繩キリスト教会」を改称「沖繩キリスト教団」設立。
 1966年「沖縄教団との関係研究」開始。
 1967年「日本基督教団 戦争責任告白(鈴木正久議長名)」。
 1968年「合同」決議。
 1969年「合同」議定書交換。
 1977年「沖縄教区牧師館・会堂再建募金」。
 1978年 教団問安使派遣。第20回総会「合同のとらえなおしと実質化」(議案54号)可決。
 1984年 第23回総会「合同のとらえなおしと実質化」(議案31号)修正案可決。
 特設委員会発足(委員長・岩井健作)。

 1988年 第25回総会「沿革の加筆修正」可決。
 1990年 第26回総会「信仰告白再検討」可決。
 1996年 第30回(合同後15回)総会、沖縄教区提出「名称変更」案・継続。
 2002年 第33回総会「名称変更」案等を「審議未了廃案」。
 2004年 沖縄教区総会、教団総会に議員選出せず「当分教団とは距離を置く」。第34回総会「神奈川教区議案提出『合同とらえなおし』を教団総会の課題とする」(常議委員会付託となる)

3−2.「とらえなおし」の内容

 合併吸収(1972年、沖縄返還と同質)の非対等性を反省した教会合同へ(制度への位置付け)。問題の当事者性(琉球処分以来加害者としての本土 ー 日本近代国家の質[富国強兵政策])の自覚。沖縄の教会の宣教課題・歴史理解(琉球処分以来の本土からの差別、基地撤去、基地存在下の人権・平和)の本土教会の共有の課題。

3−3.『「沖縄にある将来教会の在り方」答申』(2008年2月13日)

「沖縄にある将来教会の在り方を検討する特設委員会」(38頁)が出され、沖縄教区総会で承認され、その方向の教会形成が討議されている。「① 沖縄に立つ教会 「キーワードは沖縄」、② 教会と国家 ③ 内外に開かれた合同教会としての教会……信仰告白・聖礼典・信徒論・教職制・会議制、69年合同の総括など ⑨ まで9項目、付論として、日本基督教団との関係のありよう、答申実質化への提言」が集大成されている。

 これに対して、日本基督教団(本土)側では何の作業もなされていない。

3−4.関係の修復

 基本的挨拶から。「ごめんなさい “Sorry”」「ありがとう “Thank you”」「お願いします “Please”」

4.沖縄基地を巡る動向

 1995年、少女暴行事件に抗議する「抗議集会」(8万)を契機とする「普天間基地移設と辺野古に代替基地建設と海兵隊のグアム移転」が日米で合意。

 表面上は負担軽減を装っていながら内容は『米軍再編』に伴なう基地強化。『米軍再編』とは。1997年、クリントン大統領による国家安全保障戦略(10年にわたる新たな世界戦略構想の実現)の開始。

 2004年10月24日、パウエル・町村3点合意(共通戦略目標・自衛隊協力・部隊/基地の在り方の決定)。国内法整備(1997年:新ガイドライン、1999年:周辺事態法、2001年:テロ対策特措法、2003年:武力攻撃事態法、2004年:米軍行動円滑法)。

 2005年10月29日「日米同盟 ー 未来のための転換と再編」(2+2発表 ① 合同司令部 ② ミサイル防衛MD設置 ③ 合同演習。鳩山政権は普天間移設を「最低でも県外」と表明、米国の圧力、側近の無能で「辺野古案」で決着、沖縄の猛然たる「怒り」を買う。

 2010年4月25日、読谷に93,700人の「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と県内移設に反対し、国外・県外移設を求める県民集会」5月16日、普天間基地 包囲行動 17,000人。

 2010年5月28日「米軍普天間飛行場移設に関する共同声明」日米安全保障協議委員会。菅直人政権はそれを丸ごと引き継いだ。熾烈な戦いが始まる。

5.「沖縄に集約されている諸問題を担いながら、その根源にある国家と教会との関わりを宣教の課題の中で明確にする」

 上記は第23回教団総会(1984年11月12-14日)、議案第34号[修正案可決]の第3項目にある事柄。因みにこの議案は ① 特設委員会の設置、② 教憲・教団成立の沿革・教団信仰告白・教団創立記念日・名称等との関わりを検討することが同時に決議された。教会と国家の関係を神学的に論議することのみならず、歴史の経過として、特に沖縄でどうであったかの検証を含んでいる。(参考文献『資料集』1998年3月「合同」特設委員会編)

6.「求め、すすめる連絡会」

「求め、すすめる連絡会」(「沖縄から基地撤去を求め、教団『合同とらえなおし』をすすめる連絡会」の略称)の立ち上げ(2004年10月27日)。

 沖縄教区の「教団とは距離をおく」決議のあと、教団有志が沖縄への罪責を深め、連帯してゆくために立ち上げた任意のグループ。第34回(19回)教団総会会期中に議員や傍聴者約90人が集まる。(「代表・事務局長」に岩井健作・府上征三の指名、事務局長は後に北村慈郎、現在は大澤星一)。会員約250人(『福音と世界』2005年12月号)。

 第1回総会は2006年6月11-12日(横浜)74名。
 第2回総会は2008年6月15-16日(岩国)で60名。
 第3回総会は2010年6月27-28日(横須賀)で60名。

7.おわりに

 大江健三郎「日本人とは何か、このような日本人ではないところの日本人へ自分をかえることはできないか」(岩波新書『沖縄ノート』のテーマ)を言い換えれば「沖縄への罪責を負い続ける日本基督教団になりうるか」。

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