生きることは生かされること 震災から9年

生きることは生かされること

2003年11月30日 岩国教会伝道集会
2005年版『地の基震い動く時』所収

考え方を変えた大震災

 私は、この岩国には13年住まわせていただきました。その後、神戸で24年過ごしました。岩国を離れる時、ある方が、こんな自然の美しいところの風に吹かれて生活したら、神戸の雑踏の中で息づけるかな、と心配してくださいました。慣れとは恐ろしいもので、都市の雑踏にもいつの間にか慣れるものです。しかし、久々に錦帯橋のたもとに立つと、「ふるさと」という言葉が思い起こされます。岩国は私のいくつかの「ふるさと」の一つです。

錦帯橋
錦帯橋(岩国)岩国教会から徒歩5分

 岩国は古い街です。神戸は新しい街です。岩国では、私は「伝統」とか「しがらみ」という言葉を覚えました。神戸では、もしあの大地震に出会っていなければ「開放性」とか「近代的自由」などというハイカラな言葉を味わっていたでしょうが、大地震にまともに出会いました。あの大地震は多くの人の考え方を変えました。

 あの直後、よく聞いた言葉は、「生かされている」という言葉です。「あなたも生きていたのか、よかったねえ」、地震の後、神戸の人の心に宿った言葉です。しかし、地震から9年経って、この言葉がまた忘れられています。

 神戸教会の、もうご年配のご婦人ですが、芦屋の古い木造家屋に住んでおられました。家が倒壊しました。二階の寝室で隣に寝ていたご主人は、押しつぶされて息絶えられました。階下で寝ていたご子息も亡くなられました。ご自分も動けないまま、何時間も耐えました。「主の祈り」を何回も唱えたそうです。何日か経って、私はやっと探し当てた病院にお見舞いに行きました。たいへん喜んでくださいました。
 持っていたもの、頼りにしていた人、みんななくなりました。でも自分が「生かされている」ということの重みだけはずっしりと感じています、という意味のことを仰いました。ずっと、この言葉が心に残っています。

「持つこと」か「あること」か

 私はこのお話しから、もう20年も前に読んだ一冊の本のことを思い出しました。『生きるということ』(エーリッヒ・フロム 佐野哲郎訳、紀伊国屋書店)という本です。「生きるということ」というのは翻訳の題名です。元々の英語の原題は”TO HAVE OR TO BE”です。”TO HAVE”は「持つこと」、”TO BE”は「あること」です。「持つことか、あることか」という意味のタイトルです。

 著者のフロムは、人が生きてゆくことを二つの在り方で考えています。「持つこと」か、それとも「あることか」、これは生きることの二つの基本的な在り方だと言うのです。

 「持つ」という存在の仕方は、ごく一般的に、誰にでもわかります。私たちは何かを持って生きています。また「持とう」とします。財産を持つ、学歴を持つ、知識を持つ、社会的地位を持つ、権力を持つ、あるいは夫を持つ、妻を持つ、子供を持つ、などと言います。このように、所有ということがまず大事だと考える生き方が「持つ様式(TO HAVE)」です。これは私たちの時代の考え方の中に大きな力をもっています。

 もう一つは、生きることを「所有」つまり「持つこと」から考えないで、「あること」「存在すること」から考えます。阪神淡路大震災を経験した先のご婦人は、本当に大切なものを失っても、自分がここに「ある」という重さから生き始められました。振り返れば、「持っていたもの」は失われました。しかし、それを取り戻すことが、残された人生だとは思わなかったのです。


 地震後に私が出会った、あるご家族があります。印刷屋さんでした。西宮の古い借家が倒れ、お連れ合いと一番下の男の子を亡くされました。二人の小学生のお嬢さんとご自分が残りました。三人で地震後の生活を始められました。築いてきた商売の設備も一切失って、1からの出直しでした。しかし、天上の家族と地上の家族は、いつも語り合って励まし合って進まれました。
 このご夫妻は、たいへん信仰の豊かな方でした。ご本人は、なぜ不条理のうちに愛する家族が召されたのか、たいへん悩まれました。でも、天上と地上の家族は住まうところを異にするけれども、いつも一緒にいるのだ、という生き方をされました。持っているものがなくなり、ただ「共にある」「生かされている」という価値観で生きられました。数年後、ご本人も癌で人生半ばにしてご夫人を追うように天に召されました。私は、とても大切な方を失ったという実感が強くて、ショックでした。しかし、残されたお二人の娘さんが、「両親が一緒に生きているのだ」という信仰を受け継いで、生き始められています。

地震は「持つ生き方」から「ある生き方」への転換を促しました。そのことから考えてみますと、私は、聖書が示す信仰の生き方というのも、「持つ生き方(TO HAVE)」から「ある生き方(TO BE)」あるいは「存在する生き方」とも言えましょうが、この生き方の転換の戦いであると思います。これは、一度転換してしまえば、後はそのように生きられる、ということではありません。そして、そのことは自分の努力ではできないのだ、ということを教えているのが聖書だと思います。「生かされている」ということを知る、ということが恵みなのです。


 今日は、聖書の中のイエスの弟子、ペトロのお話を読んでいただきました。この人も「持つ」生き方から「ある」生き方へと変えられた人です。彼はガリラヤの漁師でありました。イエスとの出会いを聖書はこう記しています。

 「イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのをご覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、『私について来なさい。人間をとる漁師にしよう』と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。」(マルコ福音書1章16-18節)

 「はたらけどはたらけど 猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る」と石川啄木が歌ったように、ペトロの暮らしは厳しかったろうと思います。政治が良くなればと思って、彼は熱心党に入って活動したこともありました。ガリラヤ湖の岸辺で神様のことを話していたイエスのことはずっと聞いていたかと思います。

 「野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。」(マタイ福音書 6章28-29節)

 よほど魅力があったのでしょう。この人と一緒にいたらいいことがあるかもしれない。イエスはペトロに不思議な声をかけます。「私について来なさい。人間をとる漁師にしよう」。魚との関係は”TO HAVE”「持つ生き方」だったのですが、「人間を漁る」とは、人と一緒に生きるという意味で、”TO BE”の関係を言っています。ペトロは「網を棄てて」イエスについていったのです。「捨てる、棄てる」ということは”TO HAVE”の関係をやめるということです。「持つ」生き方を捨てて、イエスと一緒に「ある」生き方を選んだ人です。一大決心でした。

 ところが、そのペトロに、イエスはこう言っています。ペトロは「網を棄てて」とあるように、「捨てること」を経験した人です。しかし、マルコ8章34-36節を見ますと、次のようにあります。

「私の後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、私に従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、私のため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。」

 ペトロは持つことから脱却したはずの人です。網を棄てたはずの人です。しかし、物は捨てたかもしれませんが、自分は捨てていなかった。自分本位だったのです。「永遠の命」を「持とう」としていた。目に見える物は捨てたかもしれないが、目に見えない「命」を「持とう」としていたのです。だからイエスは「自分の命を救いたいと思う者は、それを失う」と言われました。
 イエスはその後で、ペトロに「人の子(ご自分のこと)は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」(10章45節)と言っています。身代金というのは、奴隷を取り戻す代金です。多くの人が、自分本位になり、自分本位の救いだけを求めている、そんな有様の奴隷になっている姿から取り戻してくるために、自分の命を捧げるのだ、と仰っているのです。
 命というものは、失って初めて生きるものだ、と聖書は説いています。聖書は逆説の書物です。「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば多くの実を結ぶ」(ヨハネ12章24節)。これはイエスご自身のことを指しています。この点については、マルコ福音書を読んでいくと、イエスとペトロとの距離がますます開いてくる様子が描かれています。

なろうとしてなれない

 あれほどペトロが慕ってきたイエスは、病気の人や、遊女、今の被差別部落と等しい扱いを受けていた人たちに近づいて親切にしたために、それがユダヤの法律、律法に違反するという理由で官憲に捕らえられてしまいました。そうして、いよいよイエスが捕らえられ裁判にかけられる場面では、ペトロはイエスを裏切って、事もあろうに、自分も捕まったらいけないと思い、「イエスを知らない」と言ってしまうのです。そんなペトロを見通していて、鶏が鳴く前に私を裏切るであろう、とあらかじめ言われました。「泣いたペトロ」のことは、マルコ福音書14章70節以下に出て来ます。

 「居合わせた人々がペトロに言った。『確かに、お前はあの連中の仲間だ。ガリラヤの者だから』。すると、ペトロは呪いの言葉さえ口にしながら、『あなた方の言っているそんな人は知らない』と言い始めた。するとすぐ、鶏が再び鳴いた。ペトロは『鶏が二度鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう』とイエスが言われた言葉を思い出して、いきなり泣き出した。」

 これは聖書では有名な話です。私たちは、ここのところで、自分もペトロと同じであることに気がつくと、辛く悲しい気持ちになります。本当は”TO HAVE”から抜け出して、”TO BE”の関係になることは、この人たちのために命を捨てることです。それが、本当に神のみこころであるのか、イエスも悩みました。そのことを祈ったのです。その時、一緒にイエスの苦しみを共にしてほしいと思って、ペトロを連れて行きました。頼りない弟子ですが、それでも一緒にいること”TO BE”をイエスは大切にされたのです。

 「それから戻ってご覧になると、弟子たちは眠っていたので、ペトロに言われた。『シモン、眠っているのか。わずかいっときも目を覚ましていられなかったのか。誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い』。さらに向こうへ行って、同じ言葉で祈られた。再び戻ってご覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠たかったのである。彼らはイエスにどう言えば良いのか、わからなかった。イエスは三度目に戻って来て言われた。『あなた方はまだ眠っている。休んでいる。もうこれでいい。時が来た。人の子は罪人たちの手に引き渡される。立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。』」

 頼りないペトロに「もうこれでいい」と言っているところに注目してください。これは、すでにイエスがペトロに直接言われた最後の言葉です。イエスがペトロの身代金になられたと言うことです。命を求めて、生きよう生きようとしていたペトロは、結局生きられなかったのです。生きようとして生きられなかった、その身代金にイエスがなられて、ペトロを生かされたのです。

 ペトロに「もうこれでいい。時が来た」と言われたその「時」は、イエスが十字架に架けられる時、もっと大きく見れば、神が救いの業を成し遂げられる時です。神がイエスという身代金を払われる時です。「赦し」が与えられている時です。生きるということが行き詰まり、生かされることが始まる時です。

 祈ります。

 神さま、生きることは生かされること、生かされることはあなたと出会うことです。ペトロと同じように頼りない私なのに、あなたは私を愛し、耐え、待ち、共にいてくださいます。イエスという方の姿で。
 今日からまた、生かされる時が始まりますように。主イエスのみ名によって祈ります。アーメン