ヨブ記を読む(5)《ヨブ記 13:1-28》沈黙と傾聴(1994 震災前の待降節・週報・神戸教会)

1994.12.18、神戸教会週報、待降節第4主日、震災の一ヶ月前

(神戸教会牧師17年目、牧会36年、健作さん61歳)

ヨブ記 13:1-28、説教「沈黙と傾聴」

1.13章までのヨブ記

《1ー2章:散文のヨブ物語・序曲》

 富裕な家長ヨブは一朝にして全財産を失う。しかし、彼は主の名を讃める。

 続いてヨブ、重病に苦しむ、妻の嘆き。しかし彼は「神から幸いを受けるのだから災いをも受けるべき…」と語り、罪を犯さず。

《3ー31章:詩文・本論》

 不幸なヨブを3人の友人(エリパズ、ビルダデ、ゾパル)が慰めるが、ヨブと論争になる。

 13章は、論争の中のヨブの3回目の答え。

 ここまでで明らかになったことは、立っている土俵の違いである。

 友人たちは因果応報の教理(4:7、8:20)、また伝統の知恵に立つ。

”考えてみよ、だれが罪のないのに、滅ぼされた者があるか。どこに正しい者で、断ち滅ぼされた者があるか。”(ヨブ記 4:7、口語訳)

”見よ、神は全き人を捨てられない。また悪を行う者の手を支持されない。”(ヨブ記 8:20、口語訳)


 しかし、ヨブは苦難の中からそれを覆す。渦中の論理と体系の論理(友人たち)とは激しくぶつかる。

 ヨブは12章で「知恵と力は神と共にあり」(12:13)と言う。

「人と共なる」知恵の否定である。

 だがその「神」こそ、ヨブを苦難に貶めて「彼を殺す」(13:15)かもしれない「神」である。

”見よ、彼はわたしを殺すであろう。わたしは絶望だ。しかしなおわたしはわたしの道を彼の前に守り抜こう。これこそわたしの救となる。神を信じない者は、神の前に出ることができないからだ。”(ヨブ記 13:15、口語訳)


2.13章の内容区分

 もともとヨブは苦難の渦中で叫びつつ語る非完結的表現をしているので、受け取り方で区分も変わる。

 1ー12節:友人たちへの非難
 13ー22節:神への挑戦
 23ー28節:神への問い

 しかし、もう少し細かく分けた方が内容が掴みやすいのではないかと思う。

 1ー6節:無用の医師
 7ー12節:立場の違い
 13ー16節:神と論ず
 17ー23節:神への二つの問い
 24ー28節:隠れた神

 まずは、この区分の表題を参考にして、本文を口語訳・新共同訳など比較しながら何度か読んで下さるとよい。

3.語句

「うわべを繕う者」(ヨブ記 13:4)”おおう”
 :白く塗りたる墓(マタイ 23:27)《無用》空っぽ、偶像に通じる、形があって中身がない。

 ”彼らは、手軽にわたしの民の傷をいやし、平安がないのに『平安、平安』と言っている。”(エレミヤ書 6:14、口語訳)


「全く沈黙する」(ヨブ記 13:5)、「灰のことわざ」(ヨブ記 13:12)
 :友人への批判。

「神の前に出る」(ヨブ記 13:16)
 :旧約では神の顔を見ることは死を意味した。

 ”また言われた、「しかし、あなたはわたしの顔を見ることはできない。わたしを見て、なお生きている人はないからである」。”(出エジプト 33:20)


「立ち場」(ヨブ記 13:18)”ミシュパート”
 :ヨブ記では他に「公義、裁き、訴え、言い分、責任」などと訳されている。ヨブの確信を示す。

4.黙想

 苦難は、体系・説明・解説・饒舌の言葉を失わせる。

 沈黙がなくては、苦難への共感はない。

 ”言葉は沈黙から……言葉に先立つ沈黙は、精神が創造的に働いていることの徴なのだ。”(M.ピカート『沈黙の世界』佐野利勝訳、みすず書房 1962)

 心の底に沈黙があって初めて「聴く奉仕」へと招かれる。

 待降節の物語に登場する「ザカリヤ」(ルカ 1:20)は、神のなさる出来事の前で、一度口が利けなくなった、とある。

”時が来れば成就するわたしの言葉を信じなかったから、あなたは口がきけなくなり、この事の起る日まで、ものが言えなくなる」。”(ルカによる福音書 1:20、口語訳)


 象徴的な物語である。

(1994年12月18日 神戸教会週報 岩井健作記)


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